似非アイヌ生産活動

全国でアイヌ生活実態調査と称して多くの似非アイヌを作り上げようとしています。
協会は「アイヌの定義」を明確には絶対にしません。
http://www.2kamuymintara.com/film/index.htm

こうした調査以外でも「勘違いしたアイヌオタク」にアイヌのシャーマンだかいうアシリ何とかさんが、知ったそうな事を吹聴して何を考えてるんだ!日本人には皆四分の一アイヌの血が流れている!!
ましてや「高尾山」で、奇妙奇天烈な儀式をするなんて、侮辱行為だな。
汚い言葉を使いたくはないが、結婚祝いか何か知らないが、自宅でホームパーティー形式でやってはいかがか?
一万年祭に何故、毎年「警察」が入っているか、その主催者のアシリ何ちゃらも可笑しくないか?
このイベント、地元でも「非常に気持ち悪がられ迷惑がられているのご存知か!」
高尾山にアイヌかぶれで、土足で踏み込む行為は「断じて非難する」

http://ameblo.jp/watarigarasu163/entry-10598129805.html


現状では、同棲や恋人もアイヌ・再婚した連れ子に子供が生まれてもアイヌ・アイヌ語弁論大会に出ただけでもアイヌ、アイヌのイベントに長年参加する者もアイヌとカウントし、アイヌ生活支援政策を部外者に受けさせ
多くの不正問題を生んでいます。二風谷にアイヌに憧れましたとか言って引っ越してきただけで、アイヌと認定
アイヌ生活支援政策を受けさせたり「ひっちゃかめっちゃか」
似非アイヌを作り上げておいて「アイヌの文化を持ったアイヌであるとか何とか」
顎が外れそうになる・・・・

今日もアイヌ協会の副理事長が、不正経理の責任を取って辞意の表明をしていますが、本人はミスと公言していますが、私が知る限りでは「元釧路支部長」と同じ手口で、ミスとは言えません。
一連のアイヌの不正には、協会事務局の手引きが無ければ絶対にありえないことばかりです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/250367.html

アイヌ生活実態調査活動、関東のアイヌ団体も行っています。
沖縄・九州・名古屋・大阪・東京で調査の為の頭数集めが始まっています。
調査協力依頼は、沖縄に重点を置いているのか、活発化しています。
O縄大学には、毎月の様にアイヌやアイヌ関係の団体や個人が訪れています。(全て税金)
南北の塔の慰霊祭や意味不明な交流会、展示会という販売行為の家族旅行等、昔から活発に行われています。
この大学にアイヌの修学資金を受けたり奨学資金が多量に流れている意味は?市民外交センターから発せられるアイヌ情報と活動の実態は、何を目的としているのでしょうか)
http://www.unu.edu/hq/japanese/gs-j/gs00.hokkaido1.htm


似非アイヌだけではなく、アイヌ不正利権も今後、一切必要はありません。
今日も新たにアイヌ協会の「不正隠蔽」の実態が明らかになりました。
これ以上、オカルト団体に税金の搾取をさせる必要も似非アイヌを作り出し生活支援政策を受けさせる理由はありません。

似非アイヌ作りには「協会本部」の事務方と常任理事が深く関与しています。(この二人はアイヌではない)
本州の団体も含め異常な活動を進めています。

似非アイヌを作り出してまで「アイヌの権利」を主張するのは、絶対に差別を生み何の解決も生まないどころか
大きな負の遺産を自らが作ることになる。
この活動は絶対に阻止されるべきである。
当面、他の記事をアップしても、このページがトップに来る事をご了承下さい。
これは、否定できない事実である。
お人好しも程ほどにして、自分達の先祖を冒涜している事実に目を向けるべきだと私は思う。
お祭りだ!イベントだ!歌だ踊りと騒いでいるアイヌ!
北海道外で生活しながらも郷土を思いながら自立の道を坦々と送っている先輩達が
口を揃えて怒り始めている、昔よりも辛い思いをアイヌの手によってアイヌに味あわさせられる。
先祖の骨も金儲け!先祖の苦労も金儲け!今のアイヌにアイヌという資格も権利も無いと
声を震わせての意見、私も同感です。

以下の団体等の活動を今後ここで取り上げ、取材した動画も公表してゆきます。
似非アイヌもこれ以上のアイヌを利用した不正犯罪も必要ない。

(アイヌ就学資金参考にお読みください
http://blog.livedoor.jp/googleyoutube/archives/51156095.html)

私の言葉で、ストレートに伝えておく
若く歌や踊りに興じて、群れた時だけ着物に身を包み伝統文化保存と怠けているアイヌと称する自称アイヌ
これだけ、アイヌの名前を利用したアイヌの犯罪に何も感心を持たず危機感も無しに
不正や利権を語るのは、歴史がどうした!行政との関係がどうした!諸外国では何をしている!
馬鹿にされる論点を展開し「それを差別」だというな。
差別をなくす事よりも差別を受けても対応できる強い人間を一人でも多く育てる努力をしてみろ。
http://blog.goo.ne.jp/ainunews/e/dd348b1ad2e7cfa90d0017d29c447f05
http://www.2kamuymintara.com
/film/groups.htm

http://ameblo.jp/ainu-utari-renrakukai/
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%AE%87%E6%A2%B6%E9%9D%99%E6%B1%9F&hl=ja&prmd=io&ei=7iiKTKHTLoS4vQOAkvjrCQ&start=10&sa=N
http://www.2kamuymintara.com/film/index.htm
http://www.frpac.or.jp/itm/jigyo403.html
http://www.alles.or.jp/~tariq/
http://www.city.sapporo.jp/shimin/pirka-kotan/
http://blog.namako.versus.jp/
http://www.news.janjan.jp/special/0806/0806109151/1.php
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/index.html

追記
利権アイヌ繋がりで、O縄大学の人間が来ているが、まさか12日のイベントとかに参加するんじゃないでしょうね?http://www.welcome.city.sapporo.jp/event/09
オマケに、アボリ気取りのアイヌモドキもアイヌ衣装着て儀式に参加してギャラをもらうんですか?
あのね!変な思考で、味噌も何とかも混ぜない事ですね。
アシリ・レラと同じで、くだらない精神論を餌に俄か仲間で繕うのは、オカルトですよ。
アイヌアートも当日、参加する「石井ポンペ氏」もアイヌを飯の種にするのは、そろそろ考えてはどうか?
特に「石井ポンペ氏」今の札幌支部の現状を作った責任があろう。
嘘のアイヌ楽器を、伝承だとか言って「アボリかぶれ」をアイヌの様に扱いイベントで曝すのは
アボリに対しても自身のアイヌに対しても失礼だと思うのは私だけか?

他に参加者があって、まともな活動をしている人が混ざっていても混同されるのは仕方がないな。

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テーマ : アイヌ
ジャンル : 政治・経済

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「民族」のページに追記しました。

アイヌ関連は情報が少ないので助かります。

http://ariradne.web.fc2.com/wiki/nation/c_ainu.html

日付の間違い

よく気がついて下さいました。
これは、当面、他の記事をアップしても、この記事がトップに来るように故意にしたためです。
誤解を与えてしまい申し訳ございません。

このブログを見ているアイヌ協会会員はほんの一握り 新聞報道の全く詳しくない僅かの記事でしかないが、大抵の協会員は前から支部の長がいけない事しているのは知っていた。だがそれを改革するような雰囲気は0% 恫喝 それは恐い 関わりたくない 私は関係ない 本当はこんな組織入りたくない 奨学金や住宅資金 失業保険金は一般より長く貰えるから 正社員で雇用されたら11万~17万{世帯主かどうかで変わる}国から頂ける。この手続きは支部長の印鑑が絶対必要と
言われ続けていたが、アイヌであれば協会に入らなくても恩恵に与ることが最近知った会員達が、揃って退会の意向 文化伝承 特にカムイノミ イチャルパを執り行う祭司 北海道にはもう数名しかいませんね その方達も高齢になってきています。文化伝承にかなりの助成金が入っているのにも関わらず育てようともしない 情けない 又その張本人たちが道議会でアイヌの着物着てきたと ああ 情けない 滅びゆく文化なのか 私達女同士で話し合う事が多い その中で「昔 面接に行くとアイヌは雇わないよって言われて 頭に来たからどんな仕事もして頑張って会社持つこと出来た あの時アイヌ差別されたから今がある」と だが皆言うことは協会の利権アイヌの男達は何で差別だ 土地返せ 金よこせなのだ 情けない 辛い思いしてきたが和人がいたから私達アイヌは生きてこれた 昔は差別する和人もいたが親切にしてくれた人達も沢山いたよねって 今更差別押し出さなくてもね ・・・だけど 炉ぶちでのささやかなウポポ リムセは本当に大切なものだよね が 何時もの話です。 

姉さんへ

こんにちわ
いつも読ませてもらっています。

とても誠実な文章には、頭が下がります。素直な気持ちになります。勉強になります。ありがとうございます。(^^ゞ

12日

せめてこのお祭りの運営や

出られる方々におかしな支出がないことを祈っています。

hamanasuさんへ

コメント有難うございます。つたない文で 又その文pcに打ち込むのに2時間程かかり 手続きが鉄好きになってしまうほどpcが初歩の初歩なのですが、それでもアイヌ協会の長年の組織のあり方に苦言を言いたいのです。このブログの通り余りにも好き勝手に一部の長達が、長年の不正を行っていた。だが見てみぬ振りする一般会員にも責任があります が
一般会員は余り感じていません。何の目的で入ったのか?それは先のコメントに書いたようにお国からの数々の助成金が欲しいのです。もちろん欲しいですよね 返さなくても良いのですから 住宅資金だけは返済しますが借入れに担保は必要ないのです。返済滞っても家取られることないのです。その様な意識しか持たない一般会員に文化伝承?無理でしょうね。2年間協会費払わないと自動的に脱退させられます。皆それを待っている状態。 変ですね。「誰の懐痛むわけでは無いからどんどん使ってもいいんだ」との声はよく聞きますね。おかしいねというと「したらあんた変わりに返してや」アイヌは往々にしてこの言葉が好きです。  
私達メノコがよく言う話 そんなに土地返せと国連に行く代表団やその他の訳わからない上の人達返して貰って昔のアイヌの暮らしするといい。ライフラインもちろん無い ビールも・・・と 

私は自分の先祖5代目まで調べられることが出来、だがどうしてきたのか知りたくてアイヌ協会に入りましたが、協会での内情がこの様なものでこのブログのコメントにも様々な過去の歴史云々ことば 私の脳の質には理解不能のエラー状態。今自分が思うことは大変な過去があったのも事実、それはその時代であったからと思っています。先祖はきっと嘆いていると思いますよ。 

hamanasuさん ゴチャゴチャコメントですいません やっぱり2時間かかりました。 
私こそ協会がまともになって
素直になりたいです。 
 

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

姉さん

姉さんへ
 こんばんは。ご丁寧な返信をくださいまして、ありがとうございます。姉さんのコメントには、いつも沁みるものがあります。それは、ありのままを吐露なさっているからだと思います。パソコン操作、難儀とは存じますが、これからもどうぞ宜しくお願いします。


 縁がありましてアイヌ語をライフワークとする方、そして踊りを生業とする方と出逢いました。もう十数年になります。お二方とも姉さんと同じように目上の方で、私は信頼感を持っています。
 ただ、不正問題が続くので落ち着きません。“関わってはいないさ。”と、心の中で呟いています。悲しいかな偽りなき苦衷です。

hamanasuさん

有難うございます。私にもアイヌ語をライフワークにしている一般の方達がいます。とても熱心で、アイヌ語で話されると私は無言になりますよ。ムックリ トンコリにも挑戦 アイヌ文化を大切に思ってくれています。だから今の状況にとても心配してくれます。

保存会は一般の人達も入ることが出来ますが、中々受け入れてくれないようです。ウポポやリムセの練習も楽しいのですが、フチ達のアイヌ料理法、(とても美味)薬草の効能等、勉強になります。
しかし一応に混乱続きの協会に、何とも言われぬ辛さもっています。もうこの世に居ないエカシが今現状のイチャルパやカムイノミの儀式の祭司の事、言ってました。昔は、サハンペ着けるのは 祭司と副祭司だけ。 祭司になることは、皆からのあつい信頼があり、もっとも尊敬される人。カムイと向き合うということは、とても責任の有る事、真剣に取り組まなければならない。けしておろそかにしてはいけない。と言ってましたね。助成金が無かった時は、皆で楽しくささやかに自然体で出来ていたことが、助成金生まれたことによってアイヌ文化が消滅して行くのではないかと危惧していました。只でさえ日本国大変危機状態で10億の補助金がででいます。此れから使い方、間違うと、大変なことになります。エカシは今頃あの世でどう思われているのでしょうか。

hamanasuさん 私はアイヌ文化をとても大切に思っている一人です。お友達に、お互い元気に頑張りましょう。とお伝えください。

アイヌ協会が1日でも早くまともな組織になる様 後進民族アイヌブログ内容が柔らかい形の色になる様、心から願っています。

上村英明教授にアイヌ問題を聞く~国や市民社会に求められる今後の課題とは

http://www.news.janjan.jp/special/0806/0806109151/1.php

上でwoodsmithさんが挙げていただいた中で常々気になっていました物がありますので書いて見ます

>{Q:なぜこの時期に?}の章
>ボリビアでは先住民族のエボ・モラレス大統領が誕生しましたし、
豪州ではケビン・ラッド首相がアボリジニに謝罪するなど完全に追い風の中に入ってきました。

**その国で一律の教育を受けたから人種の差別関係なく大統領にでもなれるってことでしょう。
特別な先住民教育を受けたわけじゃないでしょう
その国一律の教育ですよね?

>{Q:先住民族に関する「定義」がないという政府の主張をどうお考えですか?}の章
>少なくとも儀式の時漁労の権利があってしかるべきではないか、という結論に達してもおかしくないわけです。

**私もこれはあって良いと思います。規制したのは和人ですね。
しかし 現在 漁を規制されているのは日本に住む人全員にです。
ウチなんか目の前が海でも海草一つ拾えませんから。
秋に鮭の遡上するのを見て手で掴めそうな所に住んでいても 取ったらオナワですね。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sr/ggk/ggs/turi-r-m/rule_p11.htm
知り合いのアイヌ系は白老でちゃんと漁業権を持って操業してますよ。

>{Q:アイヌの人々は自分がアイヌであると言いにくいと聞きますが。}の章
>「私はアイヌです」と宣言したとたん、無邪気に「アイヌって何?」「何食べているの?」「日本語上手ね」などと繰り返し繰り返し聞かれてしまいます。
その意味で日本人が無知だということ自体がアイヌ民族に対する差別を生みだす構造

**単なる興味じゃないですか?
Q「部活何やってるの?」
A「相撲部」
Q「え~~??相撲ってもしかして褌で?」
「ちゃんこも食べてるの?」「どすこいとか ごっちゃんですとか言うの?」

別に差別してるわけではないでしょう
コレを差別を生み出す構造の「例え」にされても。

>Q:アイデンティティーを守るのも困難なわけですね。

上村:アイヌ民族が守ろうとしているのはまず民族集団としての自分たちのアイデンティティーです。同じ日本国民としてのそれではありません。大和民族にはその難しさが理解できないようです。「今の制度の中でアイヌの人たちは何を差別されていますか?」「選挙権がないのですか?」「義務教育を受けられないのですか?」などとよく聞かれます。日本国民としての権利は平等なのです。しかし、異なる民族としての権利も人間としての誇りや尊厳を守るために必要なのです。一言で言えば、日本人あるいは大和民族には多民族、多文化社会の価値そのものが分かっていないのだと思います。しかし、そこを超えないと尊敬される国際国家に永久になれないわけです

**う~~ん「尊厳」って大和民族がアイヌの尊厳ウンヌンすることから始まるわけですか?
多民族多文化の価値がわかっていないって言うけど わかってる国見たことないです。
どこの国のことですか?教えてほしいです。
日本が一番カレー食べた夜にビビンバ食べて
朝ハンバーガー食べて、野球見て、ゴルフしてみたりと多彩な文化をかじってますね。
日本人は否定はしてないですよ。

>Q:次のステップは?
>そしてアイヌ民族が自由に使える財源を確保する「民族自立化基金」などが提案されています

**確かにアイヌ民族が自由に使えるお金はなかったのかな。和人のお役所の判子が必要です。お役所の判子が必要だったにもかかわらず不明金が多すぎましたね。ごまかすのが上手いのか下手なのか。いまのやり方でも偏見を生みますね

**時々反論してくださるので書いてみました

Re: ドキンさん

 こんばんは、ドキンさん。
おかげさまで、よく読めました。(読解力は置いといてください(^^ゞ)

 一部の専門家や教授と称する皆さんの主張や書いたものは、何故か回りくどく分かりにくいものが多いと思います。平易な言葉や言い回しならば多くの皆さんに“読まれる”と私は思うのですが。無駄とも思える文字の生産は、彼らの誇りなのでしょうかね。

 その教授のお名前は存じ上げておりましたが、写真は初めて拝見しました。氏が真剣に憂い思うところがあるのならば、綺麗事の羅列に終始することは如何なものなのか。エンドレスの不正問題に言及せず、臭いものに蓋では、高邁なヒューマニズムが色褪せます。氏に限らず教授の皆さんで、その部分に熱弁をふるう姿を見たことがありません。なにか、事情でもあるのでしょうか。
 
 教授と言われる皆さんが発言すれば、市井の意見はかすみます。しかし、警察官も医師も検察官も逮捕される時代です。名刺が必ずしも真実を伝えるわけではないと、改めて思うお彼岸でした。ありがとうございます。また、勉強させてください。
 

ドキンさんへ

取り敢えず一点だけ。

>その国で一律の教育を受けたから人種の差別関係なく大統領にでもなれるってことでしょう
>特別な先住民教育を受けたわけじゃないでしょう
>その国一律の教育ですよね?
調べていただければすぐにわかりますが,ボリビアは先住民の言語であるケチュア語,アイマラ語,グアラニー語も公用語にしています(モラレス大統領はアイマラ出身です)。学校で教えられる言語が何語かは残念ながら浅学非才のわたしにはわかりませんが,一律の教育を受けたと主張されるドキンさんはおそらくボリビアでどのような教育がなされているかをご存じなのでしょうね。資料をご呈示いただけないでしょうか?

そしてモラレスは先住民であることを強烈に意識して当選した大統領です。2009年の憲法改正では,先住民の権利が大幅に拡充されました。また,国名も,彼の就任後,「ボリビア多民族国」へと変更されています。彼は強烈に先住民の復権に向けて尽力する大統領であり,あなたの文章はそのニュアンスを上手く捉えられていないように思います。

参考:http://www.afpbb.com/article/politics/2563598/3725067

いつも見ています。

ほんと揚げ足とるの好きですね。
自分の意見ではなくどこかの書籍の一部をあげて
人に投げかける言葉多いですね


早々のご返答ありがとうございます

http://www.youtube.com/watch?v=zwigM-WDyvw&feature=related

そういえば 昔ボリビア人のボーイフレンド 先住民のイケ面 マリオ君がいましたね~。^^;;; 
すっかり忘れていましたが演説見てたら思い出しました。 

上のアドレスの演説はボリビア訛りのスペイン語ですよね。(国連でしたね 先ほど間違えました)
こちらが国民向けですね(スペイン語は殆どわかりませんが)

http://www.youtube.com/watch?v=vHNU1WvZnGE&feature=related

>ボリビアは先住民の言語であるケチュア語,アイマラ語,グアラニー語も公用語にしています

まったく知りませんでしたが
おしゃるように いつからなのか先住民の言語が公用語になったようですね

http://www10.gencat.net/pres_casa_llengues/AppJava/frontend/llengues_detall.jsp?id=110&idioma=13

言語の地位

ペルーではスペイン語に加えて「ケチュア語、アイマラ語、その他の先住民言語が優勢な地域ではその言語」が法律で公用語と定められている。市民は公的機関でいずれの言語も使える権利が与えられている。 

ボリビアは公用語を制定していないが、スペイン語が事実上の公用語(行政、教育、プレスで使用される唯一の言語)となっている。

*と書かれていましたので 教育はスペイン語かと思いました。

教えてくださりありがとうございます

ドキンさんへ

さっそくの対応ありがとうございます。

>上のアドレスの国民向けの演説はボリビア訛りの
>スペイン語ですよね
はい。モラレスはおもにスペイン語を使っていますが,その他にアイマラ語,ケチュア語も使用できるそうです(Wikipediaの「モラレス」の項を参照)。

>ボリビアは公用語を制定していないが、スペイン語が事実上の公用語(行政、教育、プレスで使用される唯一の言語)となっている
ソースのご呈示,ありがとうございます。このソースからは,たしかにスペイン語(カスティーリャ語)が教育行政で用いられる言語であると読めますね。少し古いデータですが,モラレスの年齢を考えれば,彼はスペイン語のみで教育を受けた可能性が高いわけですね。こちらも先住民の言語が公用語になった年代までは把握しておりませんでしたから,非常に勉強になりました。

言語について

もう少し書かせていただきます。
言語についてですが
私も アイヌ語の存在は貴重なものと思います。

アイヌの進学率が低いと言いますが
アイヌにアイヌ語を主体とした教育が実施されますと
アイヌが益々仕事を探すのも 就職するのも限られてしまいますね
高学歴高収入の医者や 弁護士、教授など無理でしょう
(アイヌ相手の医者や弁護士は可能かもしれませんが)
2言語を習得させるとなるとかなりの負担です。

以前韓国人の友達から聞きましたが
韓国では今 中国語を習得させ中国のハイレベルの教育を受けさせるために 
小学生のうちから中国に留学させると聞きました。
(余談ですが日本の大学へ留学するのは「留学」と呼ばすに「出稼ぎ」と呼ぶそうです。)
子供が将来経済大国の中国相手に仕事をするためですね

多数のアイヌが望めば可能でしょうが
アイヌ語を残したいがために「お上」が音頭を取って民族学校的なものを推進するのは
アイヌのためとはまったく思われません
これを無責任に妄想し、以前マスコミが取り上げたことがあります

上記のアイマラ語は (先にあげたアドレスより)
ボリビア で(約1.600.000人)だそうですね
公用語にならない訳がないです。
にもかかわらず 先住民の言葉が百年もの間公用語にならなかった。
これはやはり先住民軽視だと思います。

これとアイヌ語は違うのではないでしょうか
(どう違うのかというツッコミがきそうですが)

ますますアイヌ自身の方向性が問われるところです

hamanasuさんへ
こんばんは~

>無駄とも思える文字の生産は、彼らの誇りなのでしょうかね。

学問はやはり「私情」はまったく入る余地がないものですので 
おしゃるように「文字の生産」になるのかもしれません

>氏に限らず教授の皆さんで、その部分に熱弁をふるう姿を見たことがありません。
>なにか、事情でもあるのでしょうか。

そうなんですか。観察力が鋭いです。
今まで和人もアイヌに突っ込みを入れるのはタブーでしたね。
私は「アイヌは被害者で可哀想」の北教組から教育を受けましたので
ごく最近になって おかしい事に気が付きました。
まだ 気が付いておられないんじゃないでしょうか。
 

Re: 言語について

ドキンさん>
>2言語を習得させるとなるとかなりの負担です
はい。確かにそれは負担に成り得ます。しかし,たとえば日本語教育においても,漢字学習は子供の学習時間のかなりの部分を奪っているわけです。アイヌ語教育が負担になるから相応しくないというなら,子供の負担になるから漢字をなくせ! という議論にも説得力が生まれることになりはしませんか(ちなみに,「技術的には」日本語から漢字をなくすことは可能です。トルコ,韓国,ヴェトナムといった国ぐにの文字改革の例を参照してください)。無論,わたしはそれに反対します。漢字は大和民族のたいせつな文化ですから,教育によって守り伝えていくべきです。同様に,アイヌ民族のたいせつな文化である言語も,教育によって守り伝えられていくべきだとはお思いになりませんか。これが第一の論点。

第二の論点としては,そもそも二言語教育は果たしてどこまで学習の妨げになるだろうか? というものがあります。たとえばアメリカの一部の先住民言語(ハワイ語,ナヴァホ語など)では,イマージョン(immersion)教育というのが行われています。これはどういうものかというと,学校の授業をすべてその先住民の言語で行うものです。この方式はドイツのソルブ民族も採用しています。結果,たとえばナヴァホ語の場合,その教育を受けた生徒が,地域全体の英語・数学の試験において上位の成績を収める傾向にある,というような結果が生まれています。ハワイ語の場合も,「長期の調査によれば,これらの生徒の学業成績は一般の学校に通う生徒と同等以上になっている」そうです(内田綾子『アメリカ先住民の現代史――歴史的記憶と文化継承』名古屋大学出版会,2008,pp.200-201)。無論今後のアイヌ語教育がどのような方向性のものになるかはわからないので何ともいえませんが,一概に「子供の負担になる」とはいえないのではないかと思います。

参考:http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=97051439&expand

>これとアイヌ語は違うのではないでしょうか
どう違うのでしょう? 人数の問題なのですか? 公用語というのは,たとえそれが象徴的な使用に留まるだけだとしても,意味があるんです。それは,われわれがその少数民族を尊重し,その分化を擁護するということを表すという意味です。公用語はけっしてコストのみで決められる問題ではありません。

先住民族の定義

白人社会にあっては「先住民族の定義」などは全く必要ありませんでした。一目瞭然、この一言につきるからです。それは文明化されて衣服を洋風に改めても、肌の色や顔貌・体型ではっきりと区別できるからです。旧ヨーロッパ植民地に先住民族の定義がないということを、アイヌ系日本人(上村氏のいう「アイヌ民族」)に敷衍して行政の範囲を曖昧にし利権を拡大しようとすることは、アイヌ系日本人と所謂和人との体型や肌の色がほとんど同じ現状からして理論的に飛躍しすぎていると思います。

お忙しい中 予定通りのツッコミありがとうございます

第一の論点
>漢字学習は子供の学習時間のかなりの部分を奪っているわけです
>子供の負担になるから漢字をなくせ! という議論にも説得力が生まれることになりはしませんか

*それは 日本が選択した事です
今でも漢字の多さを訴える人はいますね
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gengogakuin/gengokenkyu/nihongoron/sengoshinkanaco.htm
 戦後GHQの意向で日本語を捨て
 ローマ字にされそうになった(ローマ字化)ことを考えれば
 本当に貴重な日本語です
 (ベトナムは知りませんが
 トルコ語と韓国語は片言理解できますので補足的に書きます ご存知とは思いますが^^;;
 トルコ語ですがケマルアタチュルクによって
 アラビア文字がアルファベット表記になりましたね(私がわかる範囲でのアタチュルクの失敗は(i)の表記で発音が(U)と読ませてしまった事>< フランス語からなのかなぁ)
 韓国語もセジョン大王によって女子供が使っていたハングル文字になり 絵文字の意味を持つ漢字が意味を成さなくなり発音記号化ましたね(今でも戸籍の名前は漢字を使うそうですが)

(話はまったくそれますが 個人的には
日本語は素晴らしい言語だと思います

中国の漢字をそのまま使うのではなく
年月をかけて日本語に置き換え
漢字一つで意味をなし
一つ一つの音は一つの母音と一つ子音から成り立ち
ローマ字で書けば一定の法則で誰でも容易に発音することが可能
外来語にはカタカタで対応
常に変化に対応しています 

日本人はもっと 日本語の素晴らしさに気が付くべきだと思うので書いてみました、
多文化否定ではないですと断りを入れないと。。。)

>教育によって守り伝えられていくべきだとはお思いになりませんか

*そう思います 否定はしていませんから。
 アイヌと認定してアイヌ語の強制はできないでしょう 
 それをのぞむアイヌを見つけることが先決です、お知り合いにいらっしゃるんですね

>第二の論点

>公用語というのは,たとえそれが象徴的な使用に留まるだけだとしても,意味があるんです

*象徴的な使用というのが どういうことを意味なのかは理解できませんが 
それで公用語認定の意味があるというのでしたら
意味があるのでしょう

 以下

「アイヌ自身の方向性が問われるところです 」の結論です
アイヌの言語文化に対して
和人同士議論しても。。。アイヌの方 アイヌ協会からの 議論がほしいところですね。

訂正 
「先住民の言葉が百年もの間公用語にならなかった。」⇒数百年の間違いです 

Re: 先住民族の定義について

的場先生は,まだ「ぼくのかんがえたせんじゅうみんぞくのていぎ」に固執しておられるのですね。わたしが過去に指摘したことはまったく無視ですか。

参考:
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100310/1268214044
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100311/1268289777

肌の色や体格は,「民族」の区別にまったく関わりがありません。似たような風貌をしながらも,別個の民族としてアイデンティファイしている例は世界各地に見出せます。ドイツ人とソルブ人,トゥチとフトゥなど。

>文明化されて衣服を洋風に改めても、肌の色や顔貌・体型ではっきりと区別できるからです
「都市のアボリジニは,第三者が判断がつかないぐらい白人との混血が進んでいるために,これ[アボリジニであることを隠して生きること――引用者註]が可能なのである」(鈴木清史『都市のアボリジニ――抑圧と伝統のはざまで』明石書店,1995,p.57)
「白人との本格的接触から400年,……アメリカ先住民の混血化は,意外に進んでいる。都市に住むインディアンはなおさらだが,居留地においても,白人と見た目は変わらない先住民は多い」(阿部珠理『アメリカ先住民――民族再生にむけて』角川学芸出版,2005,p.32)

先住民族についてああだこうだと学術的には何らの価値も持たない論を述べている暇があったら,少しはお勉強なさってはどうですか(「研究」じゃないですよ。「勉強」です)。参考文献が知りたければわたしの知っている範囲でお教えしますし,わたしに答えられる範囲であれば質問にもお答えしますよ?

Re: お忙しい中 予定通りのツッコミありがとうございます

>アイヌと認定してアイヌ語の強制はできないでしょう
もちろん,わたしは選択式カリキュラムのようなものが好ましいと思います。問題は現在その選択肢がないことです(もしくは,より活発にアイヌ語講座への助成を行うということでもいい。なるべく運営に透明性が出るような仕組みで)。しかしなぜ,日本に住む人間には民族の別なく日本語を強制しているのに,アイヌ民族に対しては「アイヌ語の強制はできない」ことになるのでしょうか?(これはアイヌ語教育を強制すべき,という主張ではなく,日本語の強制はけしからん,という主張でもなく,もっと多数派言語と少数派言語のあいだの非対称性に目を向けてください,ということです)

日本語が素晴らしい言語であるということには同意します。それぞれの言語には,それぞれの固有の美しさがある。この遺産はたいせつに守り伝えていきたいものです。

>象徴的な使用というのが どういうことを意味なのかは理解できませんが
たとえば,地図や標識における二言語表記,少なくとも道レヴェルで発布される条例等の二言語表記,などです。

アイヌが思うアイヌ語

 
北海道アイヌ協会では 毎年120万円かけ
てアイヌ語講座を開いておりますが。私の知っている範囲では、アイヌ自身殆ど学習する気持ちありません。参加者募集してもまず集まりません。 が 反対に和人の方達が独自でアイヌ語の会を作って勉強会されています。

 アイヌ自身がアイヌ語に思いが無い事に 和人の方々のアイヌ語の思いに
アイヌとして複雑です。

ご参考までに横槍入れます

Mukkeさんの指摘されている「第二の論点」。「そもそも二言語教育は果たしてどこまで学習の妨げになるだろうか?」という点について、UNDP(国連開発計画=歴史的に「開発」を推し進めてきた機関で、必ずしも先住民族の「味方」ではない機関ですが)の2004年の報告書「Human Development Report 2004―Cultural Liberty in Today's Diverse World」の第3章"Building Multicultural Democracies"(多文化民主主義の構築)で、いわゆるバイリンガル教育が生徒の学習の障害とはならないという指摘がなされています。また、その章では、多言語教育に必要なものは、1)国際語、2)国語、3)母語であり、子どもは母語で教育を受ける時に最も学習成果を上げることができると指摘されています。お二人が挙げられている南米では、バイリンガル教育が先住民の排除を防ぐための一つの方法だとも書かれています。(60-61ページ)

もっとも、アイヌ語が今、アイヌ民族の間で「母語」と言えるかどうかについてはいろいろと議論のあるところでしょうし、なぜそうなってしまったのかということについても歴史的に議論されるべきところでしょう。ただ、アイヌ語の教育と復興を望むアイヌがまったくいないということでは決してないと思いますし(思うだけではなく、実際にいますし)、そうであれば、その人たちの文化的自由を保障するための施策が必要です。単に人数の問題ではありません。いや、逆に、少ないからこそ、しっかりとした施策が必要なのです。

さらに但し書きをつけなければなりませんが、これを国がアイヌだけに「強制」すれば、失敗します。アイヌ民族のしっかりとした組織が早くできて、そこでやれるようになるとよいのでしょうが・・・。

的場先生、先生ともあろうお方が、「白人社会にあっては「先住民族の定義」などは全く必要ありませんでした。一目瞭然、この一言につきるからです。それは文明化されて衣服を洋風に改めても、肌の色や顔貌・体型ではっきりと区別できるからです。」とは、何をおっしゃっているのですか。呆れて、論ずるに値しないですね。

再度先住民族の定義について

勉強しなさいとの思し召し、有難うございます。私の論点は、mukkeさんや薗さんとかみ合わないので一々反論のお手間は不要です。無視してください。他の皆さんに申し上げますが、私が言っているのは「先住民族」の定義であって「民族」の定義ではありません(mukkeさんはいつも「民族」の定義に引き戻そうとされます)。多少高校レベルの数学(我々の時代は数学Ⅰ、北大分類時代の一般教養の数学)を学んだ方はご存知でしょうが、当然のことながら前者は後者よりも定義がしやすくなります。それは「先住」という時間的範囲が示されているからです。そして「先住」という時間的範囲が、大陸を隔てた人種という問題を内包するのです。mukkeさんに教えられるまでもなく、人種に関係なく宗教や国策で「民族」が形成されることはつい半世紀前まで行われていたことです。人種とはあまり関係のないヨーロッパの民族問題は高校の世界史レベルです。直近の民族問題は報道されることも多かったので皆さんも知っていると思いますが、ルワンダの民族問題がそれです。宗主国ベルギーは単に統治の便宜のために、身長や頭の形を測定して無理にフツ族とツチ族を分けてしまいました。そして半世紀後に何が起こったかというとご存知のように、フツ族によるツチ族の100万ともいわれる大量虐殺です。
これはほんの一例ですが、私はあまり自分の得た〝情報〟をひけらかすことは苦手です。56年の人生で得た情報を理論と心情で知識として昇華したことを発信しています。情報は時代が変われば変化します。情報を人格の篩にかけて取捨したもの(知識)は時代を経ても色褪せません。情報で相手をへこまそうというのは相手にも、そしてご自身の心の健康にもよくないということを、30代に学びました。感情的にならずに淡々と理論的に、そして何より常識的に若い人たちがこの問題を論じあう実り多いブログになることを期待します。

横槍刺さりました 

>ご参考までに横槍入れます

>子どもは母語で教育を受ける時に最も学習成果を上げることができると指摘されています。

>もっとも、アイヌ語が今、アイヌ民族の間で「母語」と言えるかどうかについてはいろいろと議論のあるところでしょうし、

*その通りですね
 残念ながら(?{残念}の判断は個人にゆだねますが)現在のアイヌ民族の母語は日本語です 
親が日常生活で話す言語が日本語ですので
アイヌ語は母語ではないと思います

>なぜそうなってしまったのかということについても歴史的に議論されるべきところでしょう。

*和人とアイヌが結婚をして経済的に有益な方を選んだ結果だと思います
アイヌの方の意見を伺いたいところです
タイ人の友達は日本人と結婚して北海道に住み
子供にはタイ語を一切教えていません どうしてでしょう
(某ブログで「そういう状況に追いやられるってのがどういうことかっていう想像力すら欠けているってのがもうね。」だそうですが 妄想のし過ぎっていうのも)

>ただ、アイヌ語の教育と復興を望むアイヌがまったくいないということでは決してないと思いますし(思うだけではなく、実際にいますし)

*具体的な統計人数をお知らせください
 (これを調査していないとすれば アイヌ協会、有識者ナントカの怠慢です)

>そうであれば、その人たちの文化的自由を保障するための施策が必要です。単に人数の問題ではありません。いや、逆に、少ないからこそ、しっかりとした施策が必要なのです。

*その通りですね
 {その人たち}を探し出すことが先決ですが

さらに但し書きをつけなければなりませんが、これを国がアイヌだけに「強制」すれば、失敗します。アイヌ民族のしっかりとした組織が早くできて、そこでやれるようになるとよいのでしょうが・・・。

*希望的観測の話を進められても具体性が見えてきません

{お姉さん}の書かれた物を拝見しますと
もう少し アイヌのみなさんの奮起がほしいとろこですが 必要としていない現状が見えてきます。 
上との温度差を感じますね 

Re: 再度先住民族の定義について

>私が言っているのは「先住民族」の定義であって「民族」の定義ではありません(mukkeさんはいつも「民族」の定義に引き戻そうとされます)
ええ,もちろんわたしは「先住民族」の定義についても話をしていますよ。わたしが示したリンクはその定義に関わるものでした。ちょっと説明不足だったかもしれませんね。再掲します。

参考:http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100310/1268214044

当たり前ですが,先住民か否かの定義にも,肌の色は無関係です。

>そして「先住」という時間的範囲が、大陸を隔てた人種という問題を内包するのです
まったく内包しません。管見する限り,そのような議論はまったく見たことがありません。明石書店から出ている『講座世界の先住民族――ファースト・ピープルズの現在』というシリーズの各巻巻頭には,「先住民族」を定義しようとする様々な試みについての紹介がなされているので,興味があるひとはそちらを参考にするといいと思います。あれは良書なので,お勧めです。

さて「先住」の語についていえば,近世・近代をその劃期とするというのが,大まかな共通理解といってもいいでしょう。無論中世において,北海道南部に和人の居留地があったことを否定はしませんが,その範囲を超えて,大々的に和人が北海道に流入しはじめたのが近世・近代であることを思えば,アイヌはじゅうぶんに先住民族と呼べると思います。

>宗主国ベルギーは単に統治の便宜のために、身長や頭の形を測定して無理にフツ族とツチ族を分けてしまいました
それが今の話とどう繋がってくるのかがわかりません。アイヌ民族の権利を確立しろ,と言っている人びとの殆どは,「アイヌと和人を形質によって分類しろ」などと言っていません(まあ,中にはそういうバカが紛れ込んでいる可能性を否定はしませんが)。ところで最初に形質を問題にしたのは,「アイヌは和人と見分けがつかない!」だのと言い出した側なのではないですか?

>56年の人生で得た情報を理論と心情で知識として昇華したことを発信しています
ええ,だからその「理論」が間違っているのだという話をしているのですよ。そして「情報」も間違っている場合がある。わたしはあなたの「理論」面での間違いを繰り返し指摘しています。

>情報で相手をへこまそうというのは相手にも、そしてご自身の心の健康にもよくない
自分の間違いを,年齢や人生経験(笑)を枕詞にして偉そうな人生訓を垂れることで誤魔化そうとするその面の皮の厚さには素直に敬意を表します。わたしはあなたが間違った情報を垂れ流したから正しい情報を提供したまでです。まずはあなたが間違った情報を提供しないよう心がけるべきでしょう。そして,神ならぬ人の身は常に間違い得るものなのですから,間違いを指摘することじたいはとても重要な営みなのではないですか。それこそが真に謙虚であるということです。

>感情的にならずに淡々と理論的に、そして何より常識的に若い人たちがこの問題を論じあう実り多いブログになることを期待します
ええ,ですからわたしはあなたの理論の欠陥を指摘しています。あなたの議論は現在の学問的水準とまったく噛み合っていない。それなのにあなたはみずからの理論に学問的根拠があるかのように語っている。ですからまずはお勉強しなさいと申し上げました。常識といわれましたが,少なくとも学問的常識をまったく欠いた状態で論を立てているのはあなたの方です。別にみなが先住民族問題についての学術的な知識を持っている必要はありません。しかし,先住民族問題について学術的にものをいおうと思ったら,学問的常識を尊重するのは当然です。学問的常識に従うのなら,あなたの説はデタラメです。学問的常識がおかしいと思うのならば,それを覆すだけの反証や理論を用意すべきです(理系だって,先行研究の尊重くらい教わるでしょう?)。従うか,充分な根拠を用意して反駁するか。それが真に学問を尊重するということです。あなたはそのどちらもやっていない。まずはあなたが常識を知りなさい。

そしてまた,「常識」でものを語ることが許されるならば,その分野について明らかな間違いを指摘されながらも平然と主張を続けるその態度は,常識というか人間としての良識を疑います。

何度でもいいます。常識を身につけるべきはあなたの方です,的場先生。何年人生を歩んでこられたかは知りませんが,その間にこんな簡単な常識すらも身につけられなかったのですか?

余談です。

アイヌ語や習慣など

アイヌ語は地方によって「方言」とは違う異なる言語があります。

地方により違う習わしや習慣もあり、その地域では必然として行なっている事でも他方では全く意味をなさなかったり統一されたものがなかったり。

では仮に、
公用語にしたとして or 選択式カリキュラムを取り入れたとして
文化や言語を無理に統一させ、
色んな地方出の方が、違う意味をなす言語や文化を
「これが自分のところの文化であり言語であり充分である。」と
各地で言う「言葉を返せー!」というアイヌが納得するのでしょうか。


お姉さんがコメントしてくれた「年間120万円」の助成を受けてアイヌ語教室を開いていたとありますが、道内で120万円のみではなく各地でアイヌ協会各支部で開かれるアイヌ語教室それぞれに年間約100万円単位の助成金講座が開催されておりました。
年間に高額助成されているにも関わらずアイヌ語堪能になっている方はどれほどいたのでしょうか。頑張って勉強された方ももちろんいますが…
道内かけずりまわって調べたわけではありませんが、多くないですよね。
ということはアイヌ系統の人の自覚や認識が高いのかどのくらいいるのかというと…
協会員の方が
「アイヌ語覚えて金になるのか?」というセリフを聞いた時も、
アイヌ文化伝承しようとする会員の方がどれほどいるのかアイヌ協会がお調べなさればよろしいかと、思いました。

ちなみに私は文化は大事かもしれないと知ってはいてもアイヌ語は話せません。


【アイヌ語教室】はアイヌ文化振興・研究推進機構が出している参考資料などはありますが、定まってこれを学べというのではなく地方によって違うので、参考程度までで地域によって工夫して講座を開きましょうという教室でした。


※コメント出そうと思って下書きしてるうちに何やらコメント欄が違う分野へ突入して「あら…私今コメント出すのって場違い?」と思いながらもあえて空気読まずに出してみることにします

雑感 3

 こんばんは
 とても残念なのです。この間“応酬”について管理人さんに謝罪なさっていましたよね。言葉、軽いと思いま す。

 ①~まずはあなたが常識を知りなさい。
 ②~常識というか人間としての良識を疑います。
③~何年人生を歩んでこられたかは知りませんが,その間にこんな簡単な常識すらも身につけられなかったの   ですか?

 立派な常識を身につけておいでなのでしょうが、こういうことを目上の方に言える心模様については、改めて 驚いています。大変恐縮ではありますが、6月24日“古老との会話”“雑感”を再度申し上げます。失礼しま す。



hamanasuさまへ

私も同意いたします。
 個々で思う事もあるでしょうが文化や民族定義や多岐にわたる知識をお持ちになる方が年配に対する言葉がこれでは説得力も何もなくなるのではないかしらと、私も残念で仕方ありません。

雑感ドキン、ドキン

mukkeさんが述べているのは学術的な見地からで
「水」はH2Oで 水素2個と酸素1個から出来ていると述べられ
的場先生は
「水は透明で喉か渇いている時飲むとおいしいよ」と言ってらっしゃる

かみ合うはずがありません

hamanasuさんは いつも状況の把握力が素晴らしいですね

こういう場をお借りて 皆さんのご意見を読み、議論できる幸せを感じております 
「反論」されますと凹みはしますが 、補足、援助を出していただいたり、
mukkeさんに返されると燃えたりと(笑)
「もっと勉強してから 土俵に上って来い」と叱咤激励していただき 
もうすっかりアイヌ民族学専攻の学生になったような気になっております ハイ

世論と言う曖昧な意見をハンドルネームで、反論ではなく罵る、読書をしているのは認めるが、本の羅列は「私」の意見とは思えない。
それは、感想文とでも言うのだろうか?

方や実名を公表し、形式・世論・合意とかいった予定調和の操り人形から逸脱し、私から公への意見を言う。

それに反論があったとしても、根上と判断される場合、最低限のマナーを持って答えを返して下さると有り難い。又一言、意見の違いや認識の違いがあったとしても、非礼の言葉書いて教養の深さを見せていただきたい。もし対等に意見を交換したいと言うのであれば、自分の実名でご自分の責任を持って覚悟を持って下さい。

私は、ここに「アイヌの歴史」について書きませんでした。今後もここには不正の実態を書くつもりです。

ですが、11月に旭川と東京で講演をします。一部は動画でネット上に流されます。
ここで、私は今アイヌが言う歴史を根底から否定する意見をするでしょう。それは、私が知りうる事実や歴史認識を始めて公の場で発言します。

アイヌが何故に先住と言う言葉を使い始めたのか?文化の側面でもかなりの指摘をします。今の活動家の実名や協会全体の住宅資金・修学資金・イベントの補助金・アイヌ語教室の現実を具体的に公表します。

アイヌアイヌと騒いでいるが、アイヌのそもそもの定義の明確な確立もアイヌ語という枠の確立もせずに権利ばかり謳っているが、不正を犯しても責任を取る事をしないアイヌの先には、明らかな自らが作った「差別」が待っている。それを乗り越える勇気もアイヌには微塵もないのだから、無責任なアイヌ権利要求は止めるべきだと私は考えてる。

不正を書かれて、身内のちんけな不正を暴露してどうすると言う「アイヌ」の意見が多い現実とちゃんと活動している人の迷惑だという「アイヌ論点」そして無責任な人権派を気取る教授や大学講師の多い事。不正が露見して困ると言うのは、一緒に同じ事をしているからに過ぎない。

私のアイヌの歴史認識については、違う場面で今後展開するが、その影響がここにも少なからず出るだろうが基本姿勢は変えません。


その通り⇒管理人その2さんへ

「アイヌ語や習慣など
アイヌ語は地方によって「方言」とは違う異なる言語があります。
地方により違う習わしや習慣もあり、その地域では必然として行なっている事でも他方では全く意味をなさなかったり統一されたものがなかったり。
では仮に、
公用語にしたとして or 選択式カリキュラムを取り入れたとして
文化や言語を無理に統一させ、
色んな地方出の方が、違う意味をなす言語や文化を
「これが自分のところの文化であり言語であり充分である。」と
各地で言う「言葉を返せー!」というアイヌが納得するのでしょうか。 」

その2さんは、たしか、自称「アイヌ系」の方でしたよね。上のご発言の「アイヌ語」を「日本語」に、「アイヌ」を「日本人」に替えて、日本全体に発言してもらえると、私はとても嬉しいです。


活発なご議論、有難うございます

 昔、勉強した西部邁先生の『ソシオ・エコノミックス』(1975)を読み返しお勉強しています。引用文献が多岐にわたり難解ですが、私が経済学に何か不安(不満?)を感じていたことをズバリ分析した名著だと思っています。私はあまり引用文献をひけらかすのは趣味ではありませんが、その中の一文「経済人の思想は、観察された事象を意図的選択の結果とみなそうとする」という一文があります。それに対して西部先生は「人々の欲求形成とその発現は無条件に内発してくるものではない。環境に条件づけられたり、周囲への同調を迫られたりといった社会力学が作用する」(つまり理想的経済人を想定するのは無理がある)と経済人の想定に疑問を呈しています。つまりニュートン力学でいう自由落下やボイル・シャルルの法則でいう理想気体のような、理想生産者もしくは理想消費者を想定して理論を組み立てるのは、現実(社会常識)を反映しないというのが結論のようです。私は「歴史学」についても西部先生のこの指摘が当てはまると考えています。西欧の植民地政策は「理想侵略者」や「理想被征服民族」もしくは「理想先住民族」の想定が比較的可能ですが(比較的といったのはやはり白人への同調者もいたでしょうから)、アイヌに関しては「理想先住民族」はもちろん「理想アイヌ」や「理想和人」を想定して理論を組み立てることは難しいのではないかというのが私の実感です。
mukkeさんは、「水」はH2Oで 水素2個と酸素1個から出来ていると述べられ、的場は「水は透明で喉か渇いている時飲むとおいしいよ」と言っている、というドキンさんがこのことをズバリ見抜いておられます。
私の常識は現代に通用しないことは百も承知です。何せ私の人格の根幹が表向きの現代社会生活に全く通用しない陽明学に大きく占拠されており、毎日安岡正篤の論語の講話の録音を聴かない日はないという日常ですから(この頃西部邁先生も時々陽明学に言及されることが多くなっていることは嬉しく思っています)。『アイヌ先住民族、その真実』も非常識の誹りは免れぬものとして世に出しました。何せ、金にならない(どころか私にとっては少なくない出費)、名誉にならない、地位も上がらない、「弱者」およびこれに群がる「人権屋」に恨まれる、共産党から自民党まで一切の政党から疎まれるのですから。しかし事実は事実でありアイヌ団体や御用学者および政治家の暴走によって傷つけられた父祖の名誉を守りたいという一心で書き上げたものです。mukkeさんの理論には合致しませんが、私なりに、〝北海道新聞〟をはじめ過去の信頼できると思われる、主にアイヌ側に立って書かれた文献にあたって一生懸命そして創作抜きで誠実に書きました。mukkeさんが私の間違いを指摘されますが、その矛先は私が引用した文献に向けられるようにお願いします。その方が研究の足しにもなると思います(引用文献は巻末に明示してあります)。市井の陽明学かぶれが書いたものに一々反応していては研究の邪魔になりましょう。過日も白老の郷土史研究家から私が記述したシャクシャインの乱の経緯について出版元から「文献のどこにその記載があるか?」との問い合わせがあり、文献の頁と全文をお知らせしました。実名での問い合わせには時間の許す限り(といいますのは妻が入院中なので雑事に追われています)誠実にお答えしますので、もしよろしければ出版社を通じてなり、私宛にご質問をお寄せください。

薗さんへ

他力なのがあなたは嬉しいのですね。

私が自称ナントカだから日本全体に発言してほしいという意味が理解できません。
皮肉なのかわかりませんがあなたが嬉しくとも私はちっとも嬉しくありません。

ご自身で言葉を置き換えて「日本全体」に発言して下さい。

その2さんへ

アイヌ語について書かれているその見方を今日の日本語に当てはめれば、「標準語」(今は「共通語」と言い換えられていますが)としての日本語に向き合う姿勢を見直す上で貴重な示唆を与えてくれるからです。皮肉でも何でもありません。ローカルな言葉を大切にしましょうという提言に共感しているだけです。

あなたに言われるまでもなく、少なくともこれまで20年間、提言してきました。但し、私が書いたものが「日本全体」で読まれているかどうかは自信ありませんが。(多分、読まれていないでしょう。)

まとめレス

hamanasuさん>
管理人その2さん>
無論,目上の方には基本的に敬意を払うべきだと思いますが,あまりに非常識な主張をして,指摘されても同じ主張を繰り返すひとに払うべき礼儀をわたしは持ち合わせておりません。

ドキンさん>
>mukkeさんが述べているのは学術的な見地からで
>「水」はH2Oで 水素2個と酸素1個から出来ていると述べられ
>的場先生は
>「水は透明で喉か渇いている時飲むとおいしいよ」と言ってらっしゃる
随分と失礼な纏めですね。誰にって,的場先生に対して。的場先生はご著書の中で,「歴史を歪曲する」歴史家たちを批判し,彼らの嘘を「論証してきた」(p.13)と仰います。であれば当然,学術的な議論をしていると解すべきです。現にここの米欄でも,「理論」だの何だのと学術的な装いをしたコメントを残しておられます。だとしたら,学術的土俵に登ってくるのがフェアな態度でしょう。そう思いませんか? そうやって的場先生を庇おうとするのは彼への侮辱でしょう。彼は彼なりに学問的な「論証」をして本を1冊ものしたのでしょうから。ですからわたしはそれを尊重して,学問的論点で叩かせていただきます。もし的場先生がそれをいやだと思うなら,「歴史学的・人類学的に根拠のない戯言を僕は喋っています」とでも前置きをしておけばよろしい。それがみんなのためになることです。

砂澤陣さん>
>世論と言う曖昧な意見をハンドルネームで、反論ではなく罵る、読書をしているのは認めるが、本の羅列は「私」の意見とは思えない
誰も「世論」の話なんてしていません。また,参考文献を羅列しながら論じているのは,まず第一に「意見」を言うためというよりも「情報」を提供することを目的にしているからであり,第二に自分の提供した情報に信憑性を持たせるための措置であるからです。そもそもわたしの第一の目的は「間違いの指摘」なのですから,あなたがそこに「わたし」を感じられなくても別に構いません。わたしはただ間違いを指摘し,的場先生らの主張のおかしさを晒し上げるためにやっています。

>方や実名を公表し、形式・世論・合意とかいった予定調和の操り人形から逸脱し、私から公への意見を言う
実名,実名と仰いますが,そもそも「的場光昭」なるHNで書き込みをされている方の戸籍名が本当に「的場光昭」であるという保証はどこにあるのでしょう?(これは揚げ足取りであって,的場先生が本名で活動していることを疑っているわけではないです)ここでわたしが「田中太郎です」と名乗ったところで,それが何になりますか? 本名かどうかもわからないし,そもそもその「田中太郎」の履歴がわからなければ信頼性も何もないでしょうに。ですから,わたしがこれまでに書いてきたものを見て,どの程度信頼に値する人物か判断してくれとしか言いようがないです。それと,的場先生への具体的なツッコミは既に行っておりますので,一々この場で具体的な反論をすることはしません。以下のエントリをご覧下さい。

参考:
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20081118/1227019425
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100310/1268214044
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100311/1268289777
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100403/1270293212
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100607/1275920935

↑を読んだ上で,「『私』の意見がない」「ただの読書感想文」と仰るのなら,どうぞお好きに。

>私は、ここに「アイヌの歴史」について書きませんでした。今後もここには不正の実態を書くつもりです
はい。それでいいと思います。わたしはあなたの歴史認識や人類学的認識には多くの問題があると思いますが,それと不正の追及は別ですから。もしも不正があるのなら,それは糺されるべきでしょう。

(ところで,礼儀云々と仰るのはいいけど,ご自分がアイヌ協会の幹部の方々に対してどんなことを言っていたかぐらいは顧みた方が良いのではないだろうか。それともそれらの方々よりも年上でいらっしゃるのかな?)

Re: 活発なご議論、有難うございます

根拠なしの発言をしていた側が,根拠を提示して発言してきた側に「知識/文献をひけらかしている」だのとお説教する様を見ていると,ああ,戦後教育って罪だなぁ,って思えてきます(棒読み)。

>理想生産者もしくは理想消費者を想定して理論を組み立てるのは、現実(社会常識)を反映しないというのが結論のようです。私は「歴史学」についても西部先生のこの指摘が当てはまると考えています。西欧の植民地政策は「理想侵略者」や「理想被征服民族」もしくは「理想先住民族」の想定が比較的可能ですが(比較的といったのはやはり白人への同調者もいたでしょうから)、アイヌに関しては「理想先住民族」はもちろん「理想アイヌ」や「理想和人」を想定して理論を組み立てることは難しいのではないかというのが私の実感です
何倒錯したことを言ってるんですか? 「理想先住民族」を措定して,「アイヌはその条件に当て嵌まらないから先住民族とはいえない」とか言い出したのは的場先生の側じゃないですか! ひょっとしてそれは笑いどころなんですか? 誰も「理想先住民族」や「理想アイヌ」の話などしていない。しているのはあなただ。「インディアンやアボリジニが被ったような虐殺をアイヌは被っていない」「アイヌ語の母語話者は殆どいない」などと言って,アイヌの先住民族性,民族性を否定してきたのはどこのどなたでしたっけ? わたしは繰り返し「『先住民族』『民族』の実態は多様なので,○○に当て嵌まっていないから『先住民族』『民族』ではない,などというのは現実を無視した暴論だ」と申し上げてきたはずです。それを180度捻じ曲げるわけですね。

>私の常識は現代に通用しないことは百も承知です
おやおや,わたしは「学問的常識」の話をしていたはずなのですが,いったいいつから社会生活上の「常識」の話にすり替わっているのでしょうかねぇ?

いや,学問的常識がないことを責めはしませんよ。そんなの,フツーのひとが持ってないのは別にいいんです。持ってないなら口出すなよ,ってだけで。

>私なりに、〝北海道新聞〟をはじめ過去の信頼できると思われる、主にアイヌ側に立って書かれた文献にあたって一生懸命そして創作抜きで誠実に書きました。mukkeさんが私の間違いを指摘されますが、その矛先は私が引用した文献に向けられるようにお願いします
あなたがものを書く人間として恥というものを持っていると考えていたわたしが愚かでした。その愚かさは皆様に謝罪したいと思います。

どんな史料を引用しようが,最終的な文責は当然あなたに帰します。そして当たり前ですが史料によって構築された歴史にもそれを支える歴史観や理論が背後にあるわけで,わたしのこれまでの批判は主にそこに向けられているということがおわかりにならないのでしょうか。そもそも,もとにした資料や史料が間違っていたとして(わたしは,資料そのものは間違ってないけど,解釈する側の的場先生が間違っていたので結果的に間違いだらけの本が出来上がった,と認識しておりますが),その間違いを見抜くのが歴史を構築する者のつとめでしょう! 史料批判もせずに責任を史料に丸投げですか? あなたにとっての「父祖の名誉」はその程度の重さしかないんですか。草葉の陰でご先祖さまが泣いておられますよ。

>その方が研究の足しにもなると思います
わたしがやってるのは研究じゃありません。ただの間違い探しであり,「どんなに的場光昭という人間がデタラメなことを主張しているか」ということを周知させるための行為です(アイヌ協会の不正を追及する砂澤さんと似たようなことをしていると思ってください。立場は全然違いますが)。

最後に。奥様のご快癒をお祈り申し上げます。

Re: 余談です。

>では仮に、
>公用語にしたとして or 選択式カリキュラムを取り入れたとして
>文化や言語を無理に統一させ、
>色んな地方出の方が、違う意味をなす言語や文化を
>「これが自分のところの文化であり言語であり充分である。」と
>各地で言う「言葉を返せー!」というアイヌが納得するのでしょうか
それは仰るように難しい問題です。

ただ,ひとつの民族が,複数の標準語を持っているケースというのも世界を見渡せばあるんですよね。たとえば,ドイツの先住民族ソルブは,上ソルブ語と下ソルブ語という2種類の筆記言語を有しています。また北欧の先住民族サーミの言語も複数の標準型を持ちます。ノルウェー語の標準語が2種類あることは,社会言語学の界隈ではよく知られた事実です。最近ではハンガリー語に,複数の標準型を認めようという動きが出てきています。英国コーンウォールのケルノウ語の復興では,幾つもの異なった方言が各地域の言語教室ごとに教えられています。

わたしにはどの方法がベストなのかはわかりません。けれど,地域的差異を完全に消滅させる以外にも,言語復興の道はあるので,世界各国の少数言語復興の例を参考にしながら,摺り合わせていく必要があるだろうな,と。

薗さんへ

こんにちわ、しばらくです。
川湯は今朝、マイナスになりました。私のところは4度でした。先般までの陽気は、まるで夢のようです。

さて、
「ドキンさんにお伺いすれば、すぐに分かりますね。」と申し上げた質問につきましては、お答えいただけませんでしたね。まあ、それはいいんです。

今回、申し上げたいのは、
>その2さんは、たしか、自称「アイヌ系」の方でしたよね。~ 
についてです。

常連の方が、どういう意図で今そういう書き方をしたものか、理解に苦しみます。
私はこれを看過できない発言と捉えています。

管理人その2さんのコメントに対して、どのようにお答えするのか注視していました。私はある思いを願っていたのですが、肝心の部分には触れぬよう糊塗なさいましたね。まさか、行間を読めなかったとはおっしゃらないでしょう。殊更に20年の提言を表明するなど、動揺は見え隠れしました。私は、各コメントについては、発した人の心がダウンロードされたものと考えています。また、間違いはどなたにもあります。私もしょっちゅうです。

心をこめて謝罪なさるのが、この際肝要かと思います。
それでは、失礼します。

 

mukkeさんへ

つらつらと思います。
的場さんは、極力情動を抑制して大人の態度を保っていらっしゃいます。

片や如何でしょうか。屁理屈を捏ねて、公然と罵り続け歯止めが効きません。「面の皮の厚さ云々」など挙げればきりがないのですが、考えの開陳というよりも人格攻撃ですね。まあ人様によく言えたものです。醜悪と言わざるを得ません。あまりにも幼稚です。

>神ならぬ人の身は常に間違い得るものなのですから
どの口から飛び出したのか、驚天動地です。

舌の根も乾かぬうちに、ますます感情を爆発させる。なにかと他者の責任にして、自分を顧みることはしない。最近よく聞く、モンスターペアレントやクレーマーを連想してしまいました。こういう世代を育ててしまった事は、我々の世代にも責任があるのかもしれません。
これ以上申し上げると、同じレベルになりそうですから、やめておきます。失礼致しました。

hamanasuさんへ

hamanasuさんは、いつも管理人さんの代弁者のような感覚で横から割り込まれるのですね。その2さんから直接「謝れ!」と言われるのならともかく・・・。

>「ドキンさんにお伺いすれば、すぐに分かりますね。」と申し上げた質問につきましては、お答えいただけませんでしたね。まあ、それはいいんです。

何?私がドキンさんに「どう思いますか」と質問を振らないといけなかったのですか?「伺い」たければ、あなたが問いかければよかったではないですか。あなたが間接的に問いかけられていて当人から何も返ってきていなかったからそれまでにしただけです。数行以上は読めないとあなた自身もどこかで書かれていたと思いますが、よそ様のブログで長々と書くことはあまり好きではありませんので、書き込みは最少限に抑えているつもりです。

>常連の方が、どういう意図で今そういう書き方をしたものか、理解に苦しみます。
私はこれを看過できない発言と捉えています。

「常連」でもありませんが。私はあなたにこれを説明する義務はないとも思いますが、私は、管理人その2さんも砂澤様と同じように、アイヌ民族は存在しない、いるのはアイヌ系日本人だけだという立場を取られている方だと理解していたからそう書いたまでです。(「系」の元となる部分の「アイヌ」のアイデンティティについて、砂澤様もその2さんも、本当のところは持っているのだろうと思っています。そうでなければ、このブログにも度々訪問はしないでしょう。)
この認識が誤っているのでしたら(それは十分にあり得ますね、直接じっくりとお話したことはないのですから)、素直に謝ります。

仮に「日本人」の部分を強調されるのであれば、ローカルな言葉が「日本語」の中で置かれている地位を考える上で・・・と上のコメントで説明した通りの意図です。

hamanasuさんが「看過できない」と言われる理由をもう少し詳しく教えて戴けませんか。

あなたがやったと同じように、他人へのおせっかいを少しばかりさせていただければ(私は「看過」しようと思ったのですが)、あなたのmukkeさんへの批判は「同じレベル」になるどころか、基準がことなって比較の対象にはならないでしょう。mukkeさんのブログとここでのコメントをきちんと読めば、時折言葉が辛辣になっているとしても、懇切丁寧に説明なさっています。その一つひとつのポイントにはまったく反応されずに、言葉使いがどうだの、礼儀がどうだのと、本旨以外のところでいつも切り捨てようとなさってる。

そもそも「目上」という言葉が何度も出てきますが、mukkeさんや私が「目下」だとどうやって判断されているのかな?あなたの「目上」というのは、年齢と肩書きくらいで判断されているのだろうと思いますが。相手に対して一定の敬意を払うことは必要だと認めるとして、「学問」的真理の探究においてはそのような「目上」も何も関係ありません。その意味では、匿名で議論することも、その内容のみで評価しやすくなるという点で利点はあるなと考えています。

(年齢や肩書きだけで「目上」の人間が横暴になったり、それに追従するだけになることの問題も、砂澤様が繰り返し指摘していることだとも思っているのですが。また深読みしすぎでしたかね?もしそうなら、事前に謝っておきます。すみません。)

またまた長くなりました。管理人さん、すみません。次の記事がアップされるまで、またしばらく休みます。

的場先生への態度について

hamanasuさん>
>的場さんは、極力情動を抑制して大人の態度を保っていらっしゃいます
間違いを指摘されてものらりくらりと丁寧な言葉遣いでかわし,出鱈目な発言を続けるというのが「大人の態度」なら,わたしは別にガキで構いません。

>屁理屈を捏ねて
屁理屈を捏ねているのは的場先生の方でしょう。9/24のコメントで,ヨーロッパが植民地化した地域の先住民族は「文明化されて衣服を洋風に改めても、肌の色や顔貌・体型ではっきりと区別できる」と仰ったから,わたしが「白人と区別のつかないインディアンやアボリジニもいる」と指摘したら,「私はあまり自分の得た〝情報〟をひけらかすことは苦手です。(……)情報で相手をへこまそうというのは相手にも、そしてご自身の心の健康にもよくないということを、30代に学びました」だのと回答されたわけです。ぶっちゃけた話,的場先生のこういう態度を,砂澤陣さん,管理人その2さん,そしてhamanasuさんはどう思ってらっしゃるんですか? 間違ったことを言ったから,指摘した。そうしたら「知識をひけらかしている」扱いですよ。根本的に他人を舐めていると思いませんか? しかも的場先生がこういう適当なゴマカシをしたのはこれが初めてではありません。

わたしは,こういう人間に対して敬意を払う義理があるとは微塵も思っておりません。丁寧語で話しているだけマシだと思ってください。

>まあ人様によく言えたものです。醜悪と言わざるを得ません。あまりにも幼稚です
醜悪だの幼稚だの,まあ人様によく言えたものですね。こういうのを人格攻撃っていうんじゃないんですか?

>最近よく聞く、モンスターペアレントやクレーマーを連想してしまいました。こういう世代を育ててしまった事は、我々の世代にも責任があるのかもしれません
ご心配なく。わたしはあなたや的場先生のようなひとに育てられなかったことを無上の喜びとしています。表面上の言葉遣いに騙されて本質を見誤るような人間にはなりたくないですからね。

補記

ところで,的場先生はかつてわたしに向かって「唯物史観の失敗からまだ目が覚めない気の毒な連中」「過去を否定して自己の存在意義を見出そうとする連中」「アイヌ系日本人のアイデンティティを破壊する元凶」(http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/blog-entry-108.html#comment234)と仰っていたのですが,皆様この発言をどう思っていらっしゃるのでしょうか? 非常に興味があります。常識的に考えて,こういうのって罵倒語ですよね。

よくよく読むと,その直後にhamanasuさんが的場先生に肯定的なコメントを残されています。わたしの「礼儀を弁えない」文章は気になって読めないのに,的場先生のお言葉は素直にお耳に入るご様子。なるほど,hamanasuさんは自分と逆の意見は礼儀がなってないと読めないけど,自分と同じ側の意見は礼儀がなっていなくても読めるのですね。いや,そういうひとはいっぱいいますから,別にhamanasuさんひとりを責めようとは思いませんが。

ドキンさん>
>mukkeさんが述べているのは学術的な見地からで
>「水」はH2Oで 水素2個と酸素1個から出来ていると述べられ
>的場先生は
>「水は透明で喉か渇いている時飲むとおいしいよ」と言ってらっしゃる
その喩えでいうなら,的場先生は「あんなにおいしい水が水素2個と酸素1個からできてるだなんてデタラメだ!」と主張されているわけです。ゆえに返答も学術的なものにならないといけないわけで。

薗さんへ

薗さんがどこで20年、それを提言してきたかは知りませんでした。「よくネットを見ろ」などを言われてしまえば何も言い返せません。
自称とかいう発言について実は正直「カチン」と、きてしまったんですね。なんで?と言われても表現方法がわからないので文章にする事ができません。(言い逃れですかね)
ただ、アイデンテティー云々をいうのであれば「自称」はなくてもいいのになと思ってしまいました。




mukkeさん

複数での言語教室があるんですね。教えていただきありがとうございます。

<地域的差異を完全に消滅させる以外にも,言語復興の道はあるので,世界各国の少数言語復興の例を参考にしながら,摺り合わせていく必要があるだろうな,と。>

・私も必要とは思いますが、具体的案となると困難極まりないかなと。ナイ頭の私が考えても答え出ないです(笑)
・公用語というのは全国区?と判断してしまうのですが、認識違いなのでしょうか。
・というか今の日本の「ゆとり教育」という中に組み込める事が果たしてできるのかどうかが問題ですよね。
・ひとつの民族が、複数の標準語を持っているケースが他の国で行なわれているという事は、その教師も複数語の教育を受けて教師資格と取得してるのかしら…




追記
私は一応コメント下さる個々の方に対し気を使いながら(そうは見えないかもしれませんが)コメントしております。自分から見て「あれまー、腹立つにせよ、いくらなんでもNGじゃないのかな?」と思いコメントを出しました。その後のmukkeさんのコメントを読んで「あぁなるほど」と理解はできましたが、「でもねやっぱりそこはあえて言葉選んだほうが…」という部分は消えませんでした。



でも、言葉使いなど話題でコメントが波風立ってますが、
それよりなにより
アイヌ協会自体はどこへ向かおうとしてるのか。
厳重注意処分で終わりにしてしまおうとしているアイヌ協会なんですよ。

re・まとめレス

mukkeさん>

管理人その2さんがおしゃっているのは
>>公用語にしたとして or 選択式カリキュラムを取り入れたとして
>>文化や言語を無理に統一させ、
>>色んな地方出の方が、違う意味をなす言語や文化を
>>「これが自分のところの文化であり言語であり充分である。」と
>>各地で言う「言葉を返せー!」というアイヌが納得するのでしょうか。

**最後の{「言葉を返せー!」というアイヌが納得するのでしょうか。}この部分だと思います

>ドキンさん>
>>mukkeさんが述べているのは学術的な見地からで
>>「水」はH2Oで 水素2個と酸素1個から出来ていると述べられ
>>的場先生は
>>「水は透明で喉か渇いている時飲むとおいしいよ」と言ってらっしゃる
>随分と失礼な纏めですね。誰にって,的場先生に対して。的場先生はご著書の中で,「歴史を歪曲する」
>歴史家たちを批判し,彼らの嘘を「論証してきた」(p.13)と仰います。であれば当然,
>学術的な議論をしていると解すべきです。
>現にここの米欄でも,「理論」だの何だのと学術的な装いをしたコメントを残しておられます。
>だとしたら,学術的土俵に登ってくるのがフェアな態度でしょう。そう思いませんか? 
>そうやって的場先生を庇おうとするのは彼への侮辱でしょう。

**はい的場先生への失礼はもちろん承知しています
mukkeさんは勘違いされてると思います
私はここに投稿されるコメントについてお二人の理論体型を書きました
先生の本は申し訳ございませんが読んだことがありませんのでコメントは出来ません。
(読んでもいないので土俵に上って来るなと排除されてしまいそうですが)

薗さん>

>>ただ、アイヌ語の教育と復興を望むアイヌがまったくいないということでは決してないと思いますし(思うだけではなく、実際にいますし)

>>*具体的な統計人数をお知らせください
 (これを調査していないとすれば アイヌ協会、有識者ナントカの怠慢です)

**この統計の提示がないです
これなしでは「アイヌ語復興をウンヌン」は
道民も国民も納得するはずがありません
この重要な部分をアイヌ協会 有識者ナントカが調査もしていないとしたら
「アイヌ語は重要だから よって公用語にしろ」
「ぼくがかんがえたあいぬごはじゅうようです」と同等扱いです
それこそ万人を納得されるものではないです
学問ではないんじゃないですか? (特に北海道民の学習レベル悲しいかな最低ですので忠告いたします)
こちらは言い逃れになるかもしれませんが 学者でもなく研究者でもないです
国民道民ほとんどそうでしょう。
mukkeさんが見下げる学習なしの人間を納得させるだけの資料が必要ですよ。

mukkeさんの熱弁で多少なりともアイヌ語の希少性は理解しました

管理人その2さんへ

>私も必要とは思いますが、具体的案となると困難極まりないかなと。ナイ頭の私が考えても答え出ないです(笑)
>今の日本の「ゆとり教育」という中に組み込める事が果たしてできるのかどうか
わたしも言語教育には疎いので,どういうやり方がいいのかは専門家に委ねるしかないだろうと思います。

>公用語というのは全国区?と判断してしまうのですが、認識違いなのでしょうか
地方レヴェルの公用語というのも世界には沢山あります。アイヌは北海道の先住民族ではあっても,山口や茨城や沖縄の先住民族ではないのですから,全国的な公用語にせずともよいと思います。元からアイヌが居住していなかった地域でアイヌ語が行政用語になることの意義がわたしにはよくわかりません(ただし,全国を代表する国会などにおける使用権は確保される必要があるでしょう)。

たとえば,ドイツのソルブはその「先住地域」において自由にソルブ語を使う権利を有しています。けれどルール地方などにいけば,そうではありません。スペインではそれぞれの自治州が,カスティーリャ語(いわゆるスペイン語)に加えて別の言語を地域公用語とすることを認めています。カタルーニャ自治州のアラン谷では,カスティーリャ語,カタルーニャ語に加えて,オック語系のアラン語も公用語に指定されています。

もしくはそういう特別な地域を指定せずに,「あるマイノリティ言語の使用者が人口の○○パーセントを超えたらそこではその言語も行政用語に加えていい」という措置を執ることもよく行われています(ただしこれは,アイヌ語が日常言語ではないことを思えば,アイヌ語に対しては不適切な措置でしょうけれど)。

>ひとつの民族が、複数の標準語を持っているケースが他の国で行なわれているという事は、その教師も複数語の教育を受けて教師資格と取得してるのかしら…
たとえば,「わたしは○○語の××方言が話せます」というレヴェルの資格,ということも考えられます。つまり,ひとつの言語体系すべてではなく,そのうち最低でもひとつの言語さえ取得していてくれればいい,と。優秀な教師は幾つもの方言を操れるけれど,普通の教師は1つか2つの方言しか教えられない,みたいな。なので,「わたしはアイヌ語の沙流方言を教えられます」「わたしは○○方言が」みたいなひとがいてもいいんじゃないかな,と(実際ケルノウ語はそんな感じらしいです)。問題は転勤のはばが極端に狭まってしまうことですが……

ドキンさんへ

薗さんへの応答に割り込む形になりますが。

>学問ではないんじゃないですか?
「アイヌ語は日本語とは独立した独自の言語である」「アイヌは『民族』や『先住民族』の定義に合致しないので,民族や先住民族ではない,という主張は誤りである」までは学問の領域でしょう。わたしが的場先生に学問を持ち出して反駁しているのはこの部分です。

でも。事実認定を超えて,「独自の民族だったら,なんなのか?」は,学問を超えて政治の問題ではないでしょうか。「アイヌが独自の民族なのはわかる。けれど日本国の国民統合のためには邪魔なので迫害しよう」という立場があったとして,これは学問的に間違った認識を述べているわけではないですが,しかしわたしはわたしの政治的立場(少なくとも先住民族の文化や伝統は,その国の主要民族のそれと同等に尊重されるべきである)に基づいてこの意見を批判するでしょう。

そこに先住民族がいる。言葉が弱ってしまったけれど,それでも独自の民族がいる。その時,「われわれ」が何をすべきか,が問われているのではないでしょうか。

それから留意せねばならぬのは,少数言語に対しては,当該少数民族のあいだでも否定的な評価がみられることがままある,ということです。これは少数言語復興を支持する者にとってのディレンマのひとつです。

あと,水とH2Oの喩え,よく理解できませんでした。比喩ではないやり方で,あなたがどのようにわたしと的場先生の主張を把握しているのか,教えてください。

休むつもりでしたが・・・

次の投稿を期待して、コメントは休止するつもりでしたが、お二方に名指しで来られましたから簡単に返答しておきます。

管理人その2さんへ
「よくネットを見ろ」とは申しません。多分、出ていないでしょうから。今ほどネットの発達していない時代ですから。これで、私がそれほど若くもないと分かってしまいそうですが、よって、「どこで読めるか」とも聞かないで下さい。

お返事を読んで推測しました。「自称」が「アイヌ」にかかると読まれたのかもしれませんね。私は、「系」にかけたつもりでした。あなたが「アイヌ」ということを疑っているのではなく、自分で「アイヌ系」と称しているのですねという意味でした。なぜなら、「アイヌ系」と言われて「カチン」とくるアイヌの人もいますし、さらには、それを「差別語」だと言う人もいるからです。だから、「たしか」と確認の意味で「自称~でしたね」と書いたのですが、「アイヌ系日本人」と書くべきだったのかなと、今考えています。

ドキンさんへ

>>*具体的な統計人数をお知らせください
 (これを調査していないとすれば アイヌ協会、有識者ナントカの怠慢です)

上に書いたように、アイヌ語の教育と復興を望むアイヌが若い人からお年寄りまで実際にいることを知っています。さらに、今何か手を打たないと、本当に消えてしまうかもしれないという危惧もあります。あなたが、少数言語など価値がない、そのまま消えても構わないという考えであれば、それ以上お話しても無駄だと思っただけです。(私は、mukkeさんのように根気よく、あなたを説得しようなどとは思いませんから。)

「具体的な統計人数を」などという質問はよくある質問ですね。でも、それは無意味な質問です。既に「単に人数の問題ではありません」と書いたように、少数言語の価値を認め、それを後世に残そうとするならば、その価値は「統計上の数字」で表せるものではないでしょう。

「逆に、少ないからこそ、しっかりとした施策が必要なのです」とも書きました。「消えゆく」とか「滅び行く」とこれまで(時には誤って)形容されてきた言語が生き延びるには、政治的施策が必要なことは明らかです。「公用語」にするというのも、その一つの手段だと私は考えます。

私はアイヌ協会の人間でも有識者会議の人間でもありませんから、両者がデータをもっているかどうかは分かりませんが、私は、正直に申し上げて、あなたが求めておられるような統計上の数字は持ちません。持っていれば貴重なデータで、ここで見ず知らずのあなたにタダで提供するほどのお人好しでもありませんし、また、上に書いた理由から、その必要もないでしょう。

コメントを休むためには追加質問はしない方がよいのでしょうが、この返事を書いている間に、あなたにお尋ねしたいことを思いつきました。まあ、「統計人数」がなければ答えられないと言われるかもしれませんが、それならそれで結構です。

最初のコメントで「そうであれば、その人たちの文化的自由を保障するための施策が必要です」と書きました。砂澤様が時々書かれているように、自分たちで細々でもいいから日常的にアイヌの文化を残して、その中で暮らして生きたいと考えているアイヌ(「アイヌ系」でもいいですが)の人々が少数でも存在しているとすれば、ドキンさんは、その人たちの文化的自由を保障する施策が必要だとは思いませんか。わずかな数の人間の自由や権利はどうでもいいとお考えですか?

そんな言葉も文化も消滅して、もうゼロだと言われるのなら、話はそこまでです。砂澤様と管理人その2さんに、本当ですかとお尋ねしたい。

もし残っているとお考えなら、今の圧倒的な日本語の洪水の中で、どうやったら、このまま維持し、復興させることができると、ドキンさんならお考えですか。

>*希望的観測の話を進められても具体性が見えてきません
「希望的観測」がなければ、恐らく、砂澤さんが言われている、足元のしっかりとしたアイヌ文化も戻らないのではないですか。何でも「具体性」が既にあるものなら、そのまま進めればよいでしょう。最近は、マスコミでも「具体性が・・・」と言えば、それが批判になるという流行ですね。オット、ドキンさんの方が、マスコミ批判については上手でしたね。失礼、失礼。では、こんなところで。






一点だけ

ドキンさん>
>和人とアイヌが結婚をして経済的に有益な方を選んだ結果だと思います
>タイ人の友達は日本人と結婚して北海道に住み
>子供にはタイ語を一切教えていません どうしてでしょう
>(某ブログで「そういう状況に追いやられるってのがどういうことかっていう想像力すら欠けているってのがもうね。」だそうですが 妄想のし過ぎっていうのも)
その理屈おかしいですよね。お友達のタイ人の方は,自由意志で北海道にいらしたのですよね。でもアイヌは,自由意志で北海道の少数派になったわけじゃないでしょ? そもそも,そういう対等な「自由競争」を想定するのなら,前提条件が対等でなければならない。で,事実上の公用語であり学校教育で教えられる言語である日本語と,学校では教えられず行政でも用いることができず,差別される民族の言葉であり早く忘れ去られるべき言葉だとされたアイヌ語が,ほんとうに対等だったとでも思うんですか? そもそも公教育で「日本語普及」が言われてたんだから,完全に自由意志なんかであるわけがないじゃないですか! 当たり前ですが,多数派言語と少数派言語は与えられた前提条件がぜんぜん違うんです。そこを無視するべきではない。

犯されてむくいず

>ところで,的場先生はかつてわたしに向かって「唯物史観の失敗からまだ目が覚めない気の毒な連中」「過去を否定して自己の存在意義を見出そうとする連中」「アイヌ系日本人のアイデンティティを破壊する元凶」(http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/blog-entry-108.html#comment234)と仰っていたのですが,皆様この発言をどう思っていらっしゃるのでしょうか? 非常に興味があります。常識的に考えて,こういうのって罵倒語ですよね。
大変失礼いたしました。mukkeさんが私の言う利権に群がる「アイヌ風日本人」や「左翼学者」の範疇に入るとは考えてもおりませんでした。また、mukkeさんの私に対する言葉遣いに御不快の念を起されている方々に申しあげますが、私は一向にかまいません。私も小さい頃よく我儘が通らないと「母ちゃんのバカっ!」と罵って母の腰をポンポン叩いたものです。母は笑って仕事を続けていました。私的な怒りや罵りに対してはもう一々反応しなくなりました。論語(泰伯)にいう「犯而不校(犯されてむくいず)」の境地に少しずつ近づきつつあるこの頃です。しかしまだ公的な不正に対する義憤の念は熱く燃え盛っております。

薗さんへ

 薗さん、こんにちは。コメントありがとうございます。順次参りますが、既に、必要と思われぬ部分については、割愛させていただきます。

①>何?私が~ 以下原文参照 
ご自身のお書きになったコメントに対する矜持、心意気をあなたはきっとお示しになるものと思っていました。ありがちな屁理屈を言えば、私のコメントはあなたには確かに届きましたが、氏がお読みになったか否かは確認なさっていませんよね。「間接的な問いかけ」というのは、成立しないと思います。尚、「数行以上は読めない~」につきましては、その様なことは書いておりません。存在しましたら、お示しください。

②>あなたがやったと同じように~
私はそのブログに興味ありません。仮に、おっしゃるように物申すならば、「口出すなよ。」と言われますね。そもそも、説に対して私が物言わねばならぬことありますまい。

③>そもそも目上と~
何度も出てくるという意味が、どの程度の頻度を指すのかよくわかりませんが、そんなに言いましたか?。「学問的真理の探究」について、私は何も反対していません。よろしいと思いますよ。しかし、荒ぶる言葉で攻撃しなければ、その学問の真理は支えられないのでしょうか。あなたも、「辛辣」という言葉を使用しましたが、感じるものはおありなのですね。

それでは失礼します。


mukkeさんへ

 mukkeさん、こんにちわ。コメント、ありがとうございます。

①確かに、私のコメントは感心されるものではありませんでした。反省、自戒します。しかし、品はなけれど、出鱈目は言ってませんよね。

②繰り返しになりますが、あなたはこのサイトを“応酬の場”にしたということで謝罪なさいましたよね。もともと、礼儀云々でそうしたわけではありませんね。しかしながら、以下の理由を述べ、現状は同じことの繰り返しです。

>無論,目上の方には基本的に敬意を払うべきだと思いますが,あまりに非常識な主張をして,指摘されても同じ主張を繰り返すひとに払うべき礼儀をわたしは持ち合わせておりません。

焦点はズレていますね。

③私は、あなたの各説に対して何の意見もありません。ただ、あなたの学問に対する思い入れは伝わります。しかし、これだけ申し上げます。口汚く罵り、侮辱する。エスカレートして、既に言葉の暴力です。そう言うことで支えなければ、あなたのおっしゃる「学問」は、成立しないものなのか。「学問の神様」に、お尋ねしたいところです。失礼します。

的場光昭という男の品性

皆さん,的場先生というのはこの程度のことを平気で書ける人間です。

>mukkeさんが私の言う利権に群がる「アイヌ風日本人」や「左翼学者」の範疇に入るとは考えてもおりませんでした
もちろんわたしはアイヌ協会に何ら利権は持っていませんし,左翼でも学者でもありません。でも,わたしが引用した文章はどうみてもわたしのことを指している文章でしょう。

>道の監査などの問題で資金的に追い詰められてくることを予期して危機感をつのらせているどこぞの先生が、〝『アイヌ先住民族 その真実』のデタラメ〟(「的場光昭 アイヌ」 で検索してください)で、私のデタラメを証明するためにとうとう大先輩の知里真志保大先生の学説を否定するに至っています。こうした連中がアイヌ系日本人のアイデンティティを破壊する元凶だと北海道アイヌ協会は気づくべきです。(……)公金不正受給体制から抜け出す第一歩は北海道アイヌ協会からアイヌ風日本人の運動家を排除し、偉大なアイヌ学者の知里大先生を否定してまでも生き残りを図ろうとする左翼学者たちと縁を切ることです。(……)彼らは進化論という自然科学を社会科学に持ち込んだ唯物史観の失敗からまだ目が覚めない気の毒な連中です。こうした連中を排除しない限りアイヌ文化の復興などは不可能だと思います。何せ彼らは過去を否定して自己の存在意義を見出そうとする連中なのですから
http://koushinminzoku.blog117.fc2.com/blog-entry-108.html#comment234

この文脈で「こうした連中」とされている中に,「的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実』のデタラメ」という一連のエントリ(一番最初のものはhttp://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100310/1268214044)を書き,知里真志保の発言を現在の基準では間違いだと言った(http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100311/1268289777)わたしが入らない,とは言わせませんよ。ていうか,どう見てもわたしを揶揄している文章ではないですか。他に似たようなタイトルのエントリを書き,知里について発言している人間がいるんですか? いい加減なゴマカシはやめろと,何度も言っているはずですが。

別にわたしはあなたがわたしに向かって罵倒語を吐いたことを責めようというつもりはない。言いたいのは次のことだけだ。とぼけるな。自分の発言に責任を持て。あなたは何度も自分の人生経験を語るが,そのご立派な人生で,あなたはこの程度のことも学べなかったのか。

hamanasuさんへ

あなたへの応答はこれでお終いとします。

>しかし、品はなけれど、出鱈目は言ってませんよね
わたしだってデタラメは言ってないですが,それが何か?

>あなたはこのサイトを“応酬の場”にしたということで謝罪なさいましたよね
そうですね。わたしはその謝罪を撤回しましょう。不愉快に思われる方には申し訳ないですが。

>口汚く罵り、侮辱する。エスカレートして、既に言葉の暴力です。そう言うことで支えなければ、あなたのおっしゃる「学問」は、成立しないものなのか
もちろん,学問とは冷静な研究の上に成り立つものですよ。でもね,わたしは学問上の論争をしてるんじゃないんです。学問の権威を借りておきながら,ちっとも学問を尊重しようとしない的場センセイの不遜さを非難しているんです。学問上の問題ならば,もっと冷静にお話しします(まあ,真剣な話ではヒートアップしてしまう性質なので,どこまで冷静になれるかはわかりませんが)。でもこれは違う。学問の立場から,学問を曲解しデタラメな解釈を捻り出している勘違いしたひとを叩いているんです。学問をバカにするんじゃねえ,と。

ああ,ひとつだけ言っておくと,的場センセイ,わたしは「私的な怒りや罵り」をしているのではありません。あなたがあまりにデタラメな主張を喚き散らし,同じ国民であるアイヌ民族を貶め歴史を捻じ曲げ学問を曲解していることに公的な義憤を抱いています。

Re: 的場光昭という男の品性

mukkeという男の品格

的場先生を加護するわけじゃないが、今のアイヌの先人に対する扱いに違星・知里・クラも涙してるでしょうね。
どれだけ本を読んで勉強しているか知らないが、現場がどれ程までに「利権アイヌや左翼の活動家」によって都合よく扱われているか知るよしもあるまい。
それを根底から勉強しない「被害者気取りのアイヌ」が蒔いた種である。
アイヌがアイヌを馬鹿アイヌ・腐れアイヌと罵りあうアイヌの実態に集る連中のご都合を鵜呑みにしてはいけない。
貴方のご立派なお勉強もたいしたものだが、自分こそ何の責任も持たない立ち位置で「ゴチャゴチャ」と女々しい、不正を繰り返して何の責任も果たさないアイヌと同じ様に感じる。良くも悪くも私もアイヌから受ける批判や他から受ける評価も覚悟して発言したりブログも書いている。

いずれ、先人のアイヌを利用して商売しているアイヌ屋・研究費の為に適当な論文を書いてる連中の事も話ます。その時にでも、ここに感想でも書いてくれればよい。
君は、どこぞの国から来て、どこぞの大学で講師をしている「ノーブル意識過剰なエゴイスト」ではあるまい。
それとも、的場氏批判で、アイヌ屋や利権に群がる輩から、バイト代でも稼いでいるのか?
アイヌ活動家の頭で、あの本を論破できる人間は存在しないからね。
アイヌの教授やらも、表に出てくれば、修学資金踏み倒しの事で騒がれるのを嫌い、自分を加護してくれる場所でしか意見できないし、どこぞの政党の副代表も同じ事。
君が意見をしてくれるのは、大変に有難い
だが、以前もお願いしたと思うが、もう少し何かしらの配慮をいただけないだろうか?
自分の庭で何を書こうが勝手と思うのかもしれないが、少なくてもここは違う。


ウッド・スミスさんへ

>現場がどれ程までに「利権アイヌや左翼の活動家」によって都合よく扱われているか知るよしもあるまい
ええ,知りません。仮にどれだけアイヌ協会やそれに与する左翼の活動家周辺が腐敗していたところで,アイヌが民族であり先住民族ということには変わりありませんから。

>良くも悪くも私もアイヌから受ける批判や他から受ける評価も覚悟して発言したりブログも書いている
ええ,わたしも批判や評価を覚悟の上でブログを書き,ここで発言しております。

>それとも、的場氏批判で、アイヌ屋や利権に群がる輩から、バイト代でも稼いでいるのか?
まさか。こっちからの持ち出しですよ。資料のコピー代や,的場センセのご著書の代金,更には小林よしのりの雑誌の代金など(ああいうデタラメな書籍は最寄りの図書館に入らないので,自分で買って読むほかないんです)。ていうか,わたしが金を貰っていると勘ぐる理由がどこにあるんですか? わたしは本州在住で,北海道には観光にしか行ったことがないんですが。わたしの言動が失礼だとしても,ご自分も相当に失礼な言動をされていることは自覚された方がいいですよ。

>だが、以前もお願いしたと思うが、もう少し何かしらの配慮をいただけないだろうか?
努力します。今はそれしか言えません,すみません。もっと淡々と書ければいいのですが……

Re: ウッド・スミスさんへ

一言、多い男だね。(笑
失礼な言動ね承知して棚上げして書いていますよ
それでも、すいませんと書いて下さった事には御礼をしますよ
有難う。

不快語で検索したら出てきました

http://kanrishoku.jp/book2.html

{言葉とは、話者の内面を映し出す鏡である――人間性を浮き彫りにする言葉の数々。他者の心を痛め、傷つけ、とり返しのつかない事態を招来させないための、全企業人必読の一冊。}

だそうですね 
ツイッターでも「公開」されている方は

まずお読みになることをお勧めします

mukkeさんへのお詫び

的場光昭です。
まずもってmukkeさんへお詫び申し上げます。と申しますのも、私は〝『アイヌ先住民族 その真実』のデタラメ〟をmukkeさんが書いているとは知りませんでした。たったいま、アドレスの一部にMukkeとあるのを確認いたしました。元々私が想定していた「左翼学者」なるものは上村英明氏やその著作を無批判に引用する平山裕人氏、児島恭子氏、そして北海道の全学童に配布されている『アイヌ民族:歴史と現在』の編集者・執筆者を想定していました。mukkeさんが一研究者にすぎないとご謙遜なさっていたのでまさか〝『アイヌ先住民族 その真実』のデタラメ〟を主宰しておられるとは思いもよりませんでした。確かに「連中」という言葉は当該者を前にして口に出すのははばかるべき言葉です。お詫び申し上げます。

mukkeさんへ

こんにちは。
「最後の応答」ありがとうございました。

漸く、お認めになりましたね。でも、「撤回」は、やはり軽い。しかし、論うのは、もういいでしょう。
事実関係は、至ってシンプルで簡単なことです。

「学問と言う言葉を隠れ蓑にし、激発する感情を抑制することなく、以って他者への暴言を執拗に繰り返す。」そういう事案だと思います。それでは、失礼します。

ドキンさんへ

こんにちわ、お世話になります。

>言葉とは、話者の内面を映し出す鏡である――人間性を浮き彫りにする言葉の数々。他者の心を痛め、傷つけ、とり返しのつかない事態を招来させないための、全企業人必読の一冊。}

真摯に受け止め反省します。良い一節をありがとうございます。さようなら。

Re: mukkeさんへのお詫び

気付いておられなかったのですか。まあ,過去ログを辿ってみたら確かにきちんと名乗ったこともなかったように思います。わかってくれているはず,と,しょうしょう自信過剰だったようですね。こちらこそ失礼しました。「品性」云々と書いたことについてはお詫び申し上げます。

>確かに「連中」という言葉は当該者を前にして口に出すのははばかるべき言葉です
罵倒されたことなら,別にわたしは気にしませんし,該当する人間がその場にいようがいまいが挑発的な言辞には変わりないですから,そのような言い回しで謝罪される必要はありませんよ。わたしがあなたのその発言を取り上げたのは,あなたに謝ってほしかったわけではなく,あなたを責める意図があったわけでもないので,気にしないでください。

ずっと読んでみましたけど

うちは近所間の結婚が当たり前のように最近まであったような、非常に閉鎖的な地域です。
余所から入ってきた人達とは、言葉・顔の造りの形質が異なり、すぐに見分けが付くそうです。多分DNA的には同じようなものでしょうが。

言語は元は大和言葉の一派ですが、一般的にはヤクザの言葉、酷く嫌う先生方なら軍国主義言語などと社会的に、特に教育現場では忌み嫌われているものです。
既に使える人のみならず理解できる人も老齢者の一部に限られています。
私は介護の現場にいますので、特例で使うことも社会的に許されていますが、第三者からは不快感を示されることも多いです。
わざわざ使いたがる人などもう村にはおりません。多数派となった新興住宅の人と意思疎通も今以上に著しく難しくなると、かつて以上の対立を招きかねませんし。

第一、丁寧語になりますと、町言葉を拝借して使うような具合ですから。

言語や文化保存の話しに関して、もう20数年前だったでしょうか新聞で少し見たので、時の村長に伝えてみたのですが、
「病気や障害でもないのに人から金を施して貰うと腐る。民生にかかる(生活保護を貰う)ともっと欲しいというようになって変になる人もある。

我が儘放題な畜生みたいになってまう。自立というのは自力で立っているということやのに、金を貰うということは宜しいことやありません」と言われてしまいました。

このブログに書かれている話を見ていると。彼の言ったことは正しかったのかなぁと思います。

今回の議論についての考察

今回の議論についての考察
 ダニエル・ベルの『イデオロギーの終焉』(1960)以後、社会科学においては深刻な反省がなされました。つまり社会科学はその仮説を証明するためには傍証を用いなければなりませんが、この傍証は二つの相反する立場から与えられます。
第一は具体的経験による情報、歴史でいえば古老の話や当時の絵や写真、文献・遺跡などの情報によって仮説を補強する立場です。
第二は既に与えられた理論と仮説との論理的整合性を追求しようとするものです。既成の理論を正しいものとしてこれと整合性をもつ「正しいもの」の連続性によって仮説の傍証を行うものです。
したがって第一の立場は堅実ではありますが情報は非常に限られたものとなり現状を打破する発展性に欠けます。また第二の立場は、既成の理論と整合性を保っているような仮説だけが設定され、明確な反証がないかぎりは、時には明確な反証をすら無視して、理論は自己膨張的拡大をする危険性をはらんでいます。
つまりいずれにも長短は否めません。
これはソ連崩壊以後、ごく一般に受け入れられつつある社会学概論の記述ですので皆さんにもご理解いただけると思います。
20世紀世界へ与えた深刻な被害の元凶が唯物史観における第二の立場による理論の自己膨張的拡大であったことは誰の目にもあきらかです。私が「気の毒な連中」と言ったのは、こうした反省がなされたことを知ってか知らずか、あるいは知らない振りをしてか、この第二の立場にたって書くごとに、また発言のごとに彼らの理論が自己膨張的拡大を余儀なくされることへの憐憫です。
例えば先に挙げた児島恭子氏(『エミシ・エゾからアイヌへ』)なども安藤昌益を引用して、というよりは菊池氏を引用して「儒学的な華夷意識をひっくりかえして未開=自然の本源的社会こそ人間らしい営みだととらえた(菊池・一九九四)」としていますが、昌益の『自然真営道』を読むと確かに儒学に関しては否定的な(というよりは捉われすぎてはいけないという風に私はとらえました)記述が多く、これを受ける結びに鳥や獣を借りていますが、これは実に真の仏の世界(僧侶を批判している部分もありますが)を表現し、計らいに満ちた人間社会を批判したものだと思います。これは一切衆生悉有仏性という仏典の言葉や明恵上人の言動ばかりではなく、キリスト教世界にあってもアッシジのフランチェスコ聖人の思想などにも読み取れることです。しかし児島氏(菊池氏)流の解釈では「鳥獣の営みこそ人間らしい営み」だというふうになってしまいます。こういうのを理論の自己膨張的拡大というのだと思います。ちなみに安藤昌益を広く紹介したのは進駐軍と一緒に日本へ来たノーマンという役人でコミンテルンのスパイであったことにも言及しておきます。彼の代表著書は『日本における近代国家の成立』(岩波文庫)で今はもう書棚のどこにあるか確認は出来ませんが一度目を通した記憶だけが残っております。
この自己膨張的拡大は戦後から1970年代になっても進行し、ついには進化論をテーマとした学術書の「すいせんのことば」(平仮名に注目)に国立大学理学部の名誉教授が「進化論は進歩的社会思潮の中でのみ健全に育成されるものであり、現在の日本のような保守社会思潮の中では生長しえない・・・」(1966:故人の名誉のために実名・著書名は伏せます)などと書き出す始末で進化論に端を発した唯物史観が進化論学者を呑み込んでしまうという倒錯まで惹起しております。さすがにこのような恥ずかしいことを公言する自然科学者はもう存在しなくなりましたが、まだまだ社会科学部門には多く存在しています。
さらにこの第二の立場がいまだに、そして最も、猛威を振るっているのが所謂左翼マスコミです。南京大虐殺・従軍慰安婦等々、第一の立場から具体的な反論がなされても一向に耳をかたむける気配はありません。私の父はインドネシアに進駐しておりましたが、アジア女性基金が明らかにした慰安婦の数をみて、父が進駐していた場所の兵隊の数で割ってみると毎晩5人も買わなければならないという法外な数に、「そんなに強かったら戦争に負けるか」と焼酎を啜りながら笑っていました。
アイヌ問題についても、私が著した事実だけでなくその後も、北海道新聞が紹介した余市の熊送りの図や、十勝アイヌが漁場や土地を和人に貸し付けていた事実、そして彼等が「現代に換算すると数億円規模」の財産を持っていた、あるいは「事務を行う和人を雇っていた」ことなどが報道されているにも関らず、相変わらずの被害者・先住民族記述です(アメリカインディアンやアボリジニが白人を雇って財産管理事務を行なわせていたなどということは寡聞にして聞き及んではおりません)。この問題での第二の立場の自己膨張拡大の最たるものは旭川の川村氏によって内閣官房長官に出された、虐殺や土地を奪ったことに対する5兆円の保証要求でしょう。
私は国会決議の「アイヌは先住民族」という仮説を検証しようとしただけです。私にはアイヌに対する同情も国家に対する恨みもありませんし、この問題を論じることによっていかなる利益もうけませんから、つまりこの問題に関する特定の理論は持ち合わせていませんので、結局第一の方法で検証作業を進めざるを得ませんでした。そして得た結論がどうやらアイヌは「国連宣言にいう先住民族」とはそうとう異なるというものだったのです。いかに「デタラメ」といわれようとも、あるいは人間性を云々されても、私が得た資料から検証したものですので一歩も引きさがる気持ちはありません。
議論も白熱してまいりました。ここでお互いにこうした鳥瞰図的立場で自分たちがどのような立場で、また方法でこの問題を論じようとしているのかを冷静に見定めることの必要性を強く感じましたので、長い文章になりましたが投稿いたします。

Re: 今回の議論についての考察

なんか徒労感が漂ってきました。

>アメリカインディアンやアボリジニが白人を雇って財産管理事務を行なわせていたなどということは寡聞にして聞き及んではおりません
だから何だというのでしょうか?

>私は国会決議の「アイヌは先住民族」という仮説を検証しようとしただけです
仮説というか,現在,歴史学および人類学において,その前提を疑ってる学者は殆どいないわけですが(河野氏の議論は現在の学問的水準からみれば時代遅れと言われても仕方ないレヴェルのものです。言い換えれば,まともな学者は皆その前提を認めています。アイヌ協会とは関わりのない学者も含めてね)。

>つまりこの問題に関する特定の理論は持ち合わせていませんので
「民族とは何か」「先住民族とは何か」という理論面であなたが批判されていることもおわかりにならないのですか?

>私が得た資料から検証したものですので一歩も引きさがる気持ちはありません
「私が得た資料から検証した」って,そんなの当たり前じゃないですか。ていうか,引き下がらない理由が「自分の説は正しいから」ではなく「自分が集めた資料から検証したものだから」って,それは要するにどんなに間違いを指摘されても認めるつもりはない,という意味に解してもよろしいんですか? 当たり前ですが,誰だって自分なりに集めた資料を根拠にものを言っているわけです。その理屈が通ってしまうのなら誰にとっても引き下がる理由はなくなります。

先住民族が云々,といったことに関する的場先生の誤りや,強制移住をなかったことにしようとする手口については,既に指摘したので繰り返しません。

http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100310/1268214044
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100311/1268289777
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100409/1270826455
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20100423/1272027714

語の意味を自分に都合良く解釈して話を捻じ曲げる手口についても述べました。

http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20081118/1227019425

わたしの言っていることが説得力に欠けるものだと思うなら,どうぞ,その点を具体的にご指摘ください。これまで的場先生から,わたしの指摘への具体的・個別的な反論をいただいたことがないのですが。

カルトっぽいですね

似非アイヌ運動ってなんだかカルト宗教化してるなと思いました。
自分の生活圏内でアイヌ系の文化等と関わることはないのですが、もし、似非アイヌの運動家を頻繁に見かけることがあったら、たぶんアイヌという存在に対してマイナスイメージをもってしまいそうな気がします。
本当にアイヌのことを知ってもらおうと思っている人にとって、似非アイヌ運動家の存在って「百害あって一利なし」な存在だと思いました。

No title

>若く歌や踊りに興じて、群れた時だけ着物に身を包み伝統文化保存と怠けているアイヌと称する自称アイヌ


利権団体は存在するしアイヌに朝鮮人が接近し反日活動を煽っているというのは本当だと思います。ですが

>群れた時だけ着物に身を包み伝統文化保存と怠けているアイヌと称する自称アイヌ


これを自称アイヌと一刀両断してしまったら

>群れた時だけ和服に身を包み伝統文化保存と怠けている日本人と称する自称日本人


こういう理屈も成り立ってしまいほぼ100%、たとえばチャンネル桜の人間でさえこの中に納まってしまうと思います。


ダブルスタンダードな主張はやめるべきだと思います。

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コメント+記事
先月現役アイヌ協会役員を取材した(笑)先月現役アイヌ協会役員を取材した(笑)余計な仕事・・・・
  • 鎌倉彫 ふわふわ(曾祖母はアイヌ) 08/11
更新が・・・・公益法人と言うより広域人権暴力団税金詐取組織団体が複合差別撤廃とは呆れる税金詐取組織団体が複合差別撤廃とは呆れる税金詐取組織団体が複合差別撤廃とは呆れる更新が・・・・更新が・・・・
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Author:砂澤陣
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現代アイヌの差別撤廃運動とその中身。アイヌを謳うアイヌの実態と行末。 原理原則を欠いた逆差別の実態。本質的意識改革の時代ではないのか?「アイヌを喰いものにするアイヌ達?」に強く問いたい。
アイヌ生活支援政策「修学資金」「住宅購入資金」「住宅改修資金」「職業訓練」を私欲の為に利用し似非アイヌを作り上げ、税金を横領する利権アイヌ屋を許してはならない。その他色々な情報を発信していきます。
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