アイヌの歴史

コメント欄で読んでいない方もいらっしゃるのでは?
と、記事に載せる事をご本人に了解を得ましたので転載いたします。



副読本について

4/12朝刊26頁。上の見出しに「・・・2001年から使ってきたのに・・・」といかにも口惜しそうでした。私の手元にもこの副読本がありますが、これは父兄から「どうせ学校では使っていないから」ともらったものです。
 本来であれば「2001年から使っていなかったのに・・・毎年2000万円!?」とすべきでしたね。
いずれにしても反日的記載が少し改まるまで道も国も予算を出さないということですが、
道新に載っている見直し後の記載「アイヌの人たちを旧土人と呼び差別的な扱いをしました。」なんていうのもありますが、
土人が当時もそして戦後しばらくも差別的言葉でなかったことは拙著『アイヌ先住民族その真実』に詳述してありますし、月刊誌正論上で鈴木宗男氏の差別的という見解を論破し、
鈴木氏もその後は差別的ということを言わなくなったことを考えればお認め下さっていると思います。
拙著を読んでいただければお分かりになると思いますが、この部分は、「アイヌの人たちを旧土人と呼び和人商人の搾取から保護し、子弟の教育や衛生思想の普及など一般国民とは区別して特別な配慮がなされた」とすべきです。

コメントで二風谷アイヌ資料館館長が歴史的研究を云々していますが、
厚真町では仏典を入れるための常滑焼壺が発見され、アイヌ出現の100年以上前、厚真町は奥州藤原領だったことが明らかになっています。
さらに平取町からは正倉院御物と同じ組成の青銅器(奈良時代ですよ!)まで出てきてしまって、もうアイヌが北海道の先住民族だという前提は物的証拠によって完全に覆されています。

 アイヌ副読本は現場で使われてもいないのですから、事業仕分けの対象の第一とすべきです。

 『縄文人はどこからきたか?』(2012:北の縄文文化を発信する会・編)、
国立科学博物館人類研究部の篠田謙一氏によると、縄文から続縄文期の北海道先住民に全く見られないミトコンドリアDNA(タイプY)がオホーツク文化人あたりから現れ擦紋期そして近世・現代アイヌへ受け継がれているということです。
ミトコンドリアDNAは母から子へと引き継がれますので、篠田氏はこのことから、
「縄文時代よりあとの時代にはいってきたものだろうと想像しています。特にYというタイプ(的場注:オホーツク文化人に特徴的)が入ってくるのはかなり新しい時代だろうと思います。」としています。
そして東北関東の縄文人、現在の沖縄人と北海道の縄文人はDNAに共通点を見出しています。
つまりアイヌは北海道の縄文人とは系統を異にし、後から入ってきたことがDNAレベルからも証明されています。
篠田氏もアイヌには北海道先住民に全く見られない・・・とアイヌは北海道の先住民ではないと明言しています。
そうなると「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」(国会決議)の次の文言「アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し」は誤りであったことになります。
山田秀三氏の東北にもアイヌ語地名があるからここまでアイヌがいたというのも間違いで、東北および北海道のアイヌ語地名は縄文人が残したものであるとすべきです。
結局、北方にいたオホーツク文化人もしくはその系統が擦文文化人を駆逐して広がったのがアイヌであり、その百年まえには平取まで奥州藤原氏もしくは天皇の統治が行われていたということです。

ちなみに、北海道大学法医学教室に保存されているオホーツク文化人の骨の傷から判断するとこの人たちはかなり好戦的だったということです。
 この決議を推進した今津ひろし議員には早急にこの新事実を踏まえて国会決議の文言の訂正、もしくは破棄への行動を起こしていただきたいと思います。

正しい北海道の歴史、正しいアイヌの歴史の構築のために、道新もぜひご協力ください。
的場光昭



科学的事実でもあります。
是非、真実を他の方にも知ってほしい。

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テーマ : アイヌ
ジャンル : 政治・経済

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No title

確か、日本書紀だったかな?

今の後志に大和朝廷の行政府か何かが

あったんですよね??

そこの行政官の名前ですよね?

比羅夫って!!

MtDNAタイプYついては資料が少なすぎ偏りすぎでアイヌ一般に存在するかは怪しいですよ。
先ずは北大に千体以上あるアイヌ人骨の遺伝子解析を実施するべきでしょう。

沙流アイヌの特異性は古い時代の和人との接触によるものでしょう。
義経信仰は松前藩が植え付けたものではなく
沙流アイヌが連綿と受け継いできたものである可能性がありますね。

早くから北海道に居住していた和人

『日本書紀』の斉明天皇四年(六五八)以降の記載から、七世紀中ごろには盛んに北方と交易し現在の北海道後志に行政府をおこうとしたことがうかがわれます。岩波文庫『日本書紀』斉明天皇の項を引いてみましょう。

阿陪臣、名を闕(もら)せり。船(ふな)師(いくさ)一百八十艘を率て、蝦夷を伐つ。・・・
  渡嶋(わたりのしま)の蝦夷(えみし)等(ども)を召(め)し聚(つど)へて、大(おお)きに饗(あへ)たまひて帰(かへしつかは)す。
蝦夷二百余(あまり)、闕(みかど)に詣(まう)でて朝献(ものたてまつ)る。饗(あへ)賜(たま)ひて贍(にぎはへ)給ふ。
越国(こしのくに)守(のかみ)阿倍(あへの)引田(ひけた)臣(のおみ)比羅夫(ひらぶ)、粛慎(みしはせ)を討(う)ちて、生(し)羆(くま)二(ふた)つ・羆(しくま)皮(のかは)七(なな)十(そ)枚(ひら)献(たてまつ)る。
胆振(いぶり)鉏(さへ)の蝦夷二十人を一所に簡(えら)び集めて、大きに饗(あへ)たまひ禄(もの)賜(たま)ふ。・・・時に、問(とひ)菟(う)の蝦夷(えみし)胆鹿嶋(いかしま)・菟穂名(うほな)、二人進みて曰はく、「後方羊蹄(しりへし)を以(も)て、政(まつりごと)所(どころ)とすべし」といふ。・・・胆鹿嶋(等が語(こと)に随(したが)ひて、遂(つひ)に郡領(こほりのみやつこ)を置(お)きて帰(かへ)る
 北海道と本州の間には津軽海峡があり、この海峡を境にして鳥類や哺乳類に大きな分布の差があります(ブラキストン線)。これより南に棲息するのは熊(ツキノワグマ)で北側はご承知のように羆(ヒグマ)です。ヒグマは太古から北海道以北に生息して本州には生息しませんので北海道のことだと分かります。これはアイヌ出現はるか六〇〇年前の記述です。

間違いだらけです

通りすがりに読ませていただきましたが、あまりに間違いが多いので・・・

>コメントで二風谷アイヌ資料館館長が歴史的研究を云々していますが、
>厚真町では仏典を入れるための常滑焼壺が発見され、アイヌ出現の100年以上前、厚真町は奥州藤原領だったことが明らかになっています。
>さらに平取町からは正倉院御物と同じ組成の青銅器(奈良時代ですよ!)まで出てきてしまって、もうアイヌが北海道の先住民族だという前提は物的証拠によって完全に覆されています。

本当に仏典が入っていたかどうか、本当に常滑焼かどうか、まだまだ意見が分かれているようです。ちなみに仏典の入っていたとしても、それを理由に「奥州藤原領」というのは飛躍もいいところで、そう考えている学者はいないと思います。
ちなみに平取町から出た青銅製のおわんは「平安時代」です。正倉院のものが奈良時代です。

>山田秀三氏の東北にもアイヌ語地名があるからここまでアイヌがいたというのも間違いで、東北および北海道のアイヌ語地名は縄文人が残したものであるとすべきです。
>結局、北方にいたオホーツク文化人もしくはその系統が擦文文化人を駆逐して広がったのがアイヌであり、その百年まえには平取まで奥州藤原氏もしくは天皇の統治が行われ>ていたということです。

意味がわかりません。アイヌ語=縄文語で、オホーツク文化人=アイヌだと言うことでしょうか。オホーツク人は縄文語を使っていたということでしょうか?

加えて、「奥州藤原氏もしくは天皇の」という表現は限りない飛躍です。厚真町の「常滑焼」が奥州藤原氏のものだと考える急先鋒の教授(道新の記事による)も、同じ記事で奥州藤原氏は天皇制国家から自立志向が強くて、日本の枠に収まらない北の独自な政権だったと言っています。

>正しい北海道の歴史、正しいアイヌの歴史の構築のために、道新もぜひご協力ください。
>科学的事実でもあります。
>是非、真実を他の方にも知ってほしい。

私は専門家でなくてちょっとかじった者にすぎませんが、それでもこの程度の誤りは指摘できます。
よって、「科学的事実」ではありません。
学者さんが皆さんの発言をスルーしているのは、正しいからではなく、誤りが多すぎて無視しているのだと思いますよ。
僭越ながら、過去の悪かったことを認める方がよほど道徳的な日本の態度を示すものだし、それを無かったこと、見なかったことにしようという方がよほど「反日的」でしょう。
科学や歴史をうんぬんするより、不正経理の解明などに集中された方がよろしいのではないでしょうか。
駄文失礼致しました。

たくさんのご意見お待ちしております

コメントいただきありがとうございます。
不正経理の解明だけを追及したらいいかどうかは
こちらで判断します故、ご心配なく。
ただ、助言はありがたく頂戴いたします。

他にも色々なご意見お待ちしております。

>的場先生

松浦武四郎の推定通り岩内辺りに出先を置いたようです。

http://blogs.yahoo.co.jp/rayciska/5507843.html

通りすがり様へのお返事

 貴重なご意見ありがとうございました。
 常滑焼壺の中に仏典は見つかりませんでしたが、各地で作られた常滑焼壺の中でも特に奥州藤原氏が領地の経塚に用いていたものに酷似しているということです。奥州藤原氏が領地の支配強化のために仏教を利用したことは周知の事実です。
 平取から出た青銅器は確かに平安期の地層から出たものですが、その中に正倉院御物(奈良時代)と同じ組成であり奈良時代に作成されたと考えられているものがあります。誤解を与える表現でしたが、奈良時代に作られたものがすでに北海道へ来ていたということです。その他権威の象徴と思われる奈良時代に作成されたとされる刀剣も出土しています。
 私の文章からどうして、アイヌ語=縄文語というふうに思われるのか分かりません。前の文章を読めばお分かりのように、つまり東北と北海道に共通に遺残するアイヌ語地名に限った話です。政治家の失言報道ではこういう手法も面白いでしょうが、文章の一部だけを抜き出して批判しないで、文章の流れを御覧ください。
 オホーツク人=アイヌについても、例えばAならばB、BならばCでもA=Cにはならないことは、高校1年生の数学の話です。私の文章というよりは国立科学博物館人類研究グループの篠田謙一先生のデータには、東北・関東・北海道の縄文人にはない遺伝子が、オホーツク文化人と現在のアイヌ系日本人に共通してあるということです。しかもミトコンドリアDNAの研究ですので母から子へ伝わるDNAです。
 通常支配被支配の歴史を経た地域のミトコンドリアDNAの型の分布(ばらつき)はそうでない地域と比べてもそれほど変化はありません。つまり女は他民族に支配されても子孫を残すことができます。しかし父から男児へ伝わるY遺伝子には支配被支配を受けた地域では極端な偏りが生まれることがあります。その代表例は支那大陸です。日本と支那大陸のミトコンドリアDNAのばらつき度合い(当然型の種類はことなります)同じようなものですが、Y遺伝子のばらつき度合いは日本でミトコンドリアDNAのばらつき度合いと似ています。つまり日本では支配された側の男も子孫を残すことができたのです。宮刑はもちろんのこと、平安時代まで死刑がほとんど行われていなかったという史実を思い出してください。
 北海道の縄文系の女性が子孫を残せなかった理由は、不妊を伴う疾病の流行など様々考えられると思いますが、女も子孫を残せないほどに徹底的に駆逐されてしまったという可能性も否定できません。これ以上は想像の話になりますので止めにしますが、事実としてこういうことがあるということです。
 話を数学に戻しますが、AならばB、BならばCでもA=Cとは言えませんが、A=Cではないともやはりいえないということを念のために申し添えます。
 奥州藤原氏もしくは天皇・・・というのは常滑焼壺の存在と青銅器、なによりも日本書紀の記載に基づく考えです。奥州藤原氏の時代と日本書紀の記載の時代の違いを頭に入れて書いたつもりですが・・・。
 学者さんがスルー・・・、についてはスルーする学者たちが過去にどういう言動をしていたか、明らかにしてゆこうと思います。そうすることによってスルーする理由も明らかになると思います。また懐かしい話ですが、昭和五十年代まで学者は共産主義もしくは社会主義シンパでなければ書いた者も売れないし、講演にも呼ばれず食うに困った時期がありました。ご参考までに。
 以前も通りすがりということでご意見をいただいたように記憶しますが、今後とも、通りすがりなどとおっしゃらずに、しっかり私の発言をチェックしてください。
 今回のご指摘も私の文章がどういう所で読者に誤解を与えるかが解り、非常に参考になりました。ご指摘をいただいたものに関して誤りや誤解を受けやすい表現について改めるべきは改める所存です。

通りすがりです。

実際に通りすがりの者で、このようなサイトの存在と、そこでの主張にびっくりしているところです。
科学研究の成果がどのように政治的発言に利用されるのかは私の関心あるところで、ある種の人々がどのように発想するのか伺えたことは、参考になりました。
ここで主張されていることの大半にはちっとも賛同できませんが、挑発的な文章への長文の丁寧なご回答にお礼を申します。

反日について

 反日についてのお答えを忘れましたので追加します。
>過去の悪かったことを認める方がよほど道徳的な日本の態度を示すものだし、それを無かったこと、見なかったことにしようという方がよほど「反日的」でしょう。
 ここはアイヌ問題を論じる場ですので、通りすがり様はアイヌに対して日本が過去に悪いことをしたとおっしゃっているように思います。そのような認識でよろしいでしょうか?
 日本国がアイヌに行った政策の数々を私は検討してきましたが、本当によくここまで辛抱強くやってくれた、さすが日本政府だと思いました。詳しくは拙著をごらんください。最近になって否定的に報道されている十勝の漁業組合なども詳細に調べましたが担当した釧路郡長二瓶氏の公私にわたる努力に敬意を表しています。そのほかホーレスケプロンがあたかもアイヌを搾取しているように書いた鵡川の鹿猟についても事実は全く逆でした。またアイヌ読本の執筆者が樺太アイヌ移住について開拓使を「うそっぱち」呼ばわりした本について詳細にしらべましたが、「うそっぱち」は著者のほうでした。何のことかおわかりにならないかとも思いますが、近々公にしたいと思います。
 私が反日というのは、戦後アメリカの統治政策わけてもwar guilt information programによって洗脳され続けている人々、ソ連の支援を受けて日本に工作を続けてきた人々、そして今もそれを改めない人、同じく中共や半島の工作に乗せられて様々な国家に対する誹謗をこととしている人々をさします。アメリカはもちろんソ連の崩壊によって、情報が流出し、満州の遺棄化学兵器についても正式に中国に戦利品として引き渡されていることを証明する文章がでたにもかかわらず、処理利権にむらがって事を進めた外務省や政治家(当時の自民党)たちも反日の範疇にはいります。北海道ではソ連から資金をうけて知事選に出た者までいるほどに反日的空気に汚染され切っています。
 情報公開によって居場所を失ったこうした反日勢力の駆け込み寺がアイヌ問題なのだと思います。アイヌ系日本人の方々を反日イデオロギーのために利用するのはやめるべきだと思います。アイヌ系日本人の立場を守る意味で絶対にしてはいけないことだと私は思います。そして行動します。

なるほどそういうことですか。

アイヌの人々をイデオロギー対立の駒に利用するなど、絶対に許せないということでしたら、それには同意します。
ですが失礼ながら、的場様のコメントを拝読した限りで、的場様たちがそうした目的のために戦っているとはどうしても見えないのです。

それに、おっしゃることの逆も成り立ちそうです。つまり現在、「左翼」や「反日」は実質的にかつてのような力を失っている。
それゆえ、「右翼」は仮想敵としての「左翼」や「反日勢力」の存在を欲している。そうした「右翼」が存在感を示すための最後の砦の一つがアイヌ問題なのだと。
私は正直なところ、現在の日本で真に危険視すべき「反日勢力」なんてどの程度実在するのだろう? と思っております。
ですが、的場様のように考える人たちがいるということを知り、素直に勉強になりました。

くだんの正倉院や平取町の青銅器が朝鮮製品であるという事実について、不自然なまでに言及を避けておられて不思議でしたが、きっとこれも「あえて」なのでしょうね。
実り多いとは言えませんが、今回のやり取りで個人的に多くの勉強をさせていただきました。率直に感謝いたします。

Re: なるほどそういうことですか。

desertfox さんへ。
的場さんのコメントをブログにアップしたのは私の意図です。
貴方のなんとも高慢な知識には感服します。
あまりにも間違いが多いのでという貴方がお書きになる間違いが、勉強不足の私には理解しかねます・・・

道新の記事がレシピなんですかね?
昔の中学歴史の教科書の受け売りでしょうか?
それとも、「北の縄文をユネスコ登録」これを商業ベースで何とかしたいアイヌお抱え学者関係者ですか?
いや!そうではなくて!いわゆるアイヌでもないのにアイヌを語り移住先を偽り修学資金を搾取し、どこぞの大学の准教授になられたお仲間か?それとも大学にも通わないで修学資金を搾取しアイヌ衣装を身に纏い差別を謳う税金搾取アイヌの
お仲間か・・・・?

歴史に手を出さずに不正追求だけしとれって・・・・
今のアイヌ犯罪の根源は「歴史の中にある」と私は思っていますよ。

*「加えて、「奥州藤原氏もしくは天皇の」という表現は限りない飛躍です。厚真町の「常滑焼」が奥州藤原氏のものだと考える急先鋒の教授(道新の記事による)も、同じ記事で奥州藤原氏は天皇制国家から自立志向が強くて、日本の枠に収まらない北の独自な政権だったと言っています。 」

これ一つを取ってもそうですが、貴方の表現も飛躍していまいか?
もし、これを書くのならば、独自の政権だったと言っていると貴方が断言するよりも
一つの考えとして、こうした見解もあると陳べた方が良いのでは?
私には当時の政略的構図を見ると北の独自の政権とは到底思えないですがね・・・


*学者さんが皆さんの発言をスルーしているのは、正しいからではなく、誤りが多すぎて無視しているのだと思いますよ。

これについても非常に失礼な文言で・・・
無視されているのではなく都合が悪いのですよ。
年下の私が書くのもなんですが、的場さんは、とても謙虚な方です。
最初に出版された時も、私の指摘も直ぐに対応してくださいましたし、いわゆるアイヌやアイヌお抱え教授等比較にならないほど北海道の歴史を研究されていると思います。
自費出版で研究費も自費で御家族を守りながら実名で正面から発言する的場さんを私は尊敬していますし
今のアイヌ側の研究者でまともに的場さんと議論できる人の存在を知りません。

*「右翼」は仮想敵としての「左翼」や「反日勢力」の存在を欲している。そうした「右翼」が存在感を示すための最後の砦の一つがアイヌ問題なのだと。

不正追求と歴史認識問題で「右翼」が存在感を示すための最後の砦の一つがアイヌ問題って・・・

レッテルを貼ると楽なんでしょうね。
思考の腐敗ですね・・・・
不正に右も左もないでしょう?
貴方も自分は、人とは違う良識を持った特別の人間と思っているのだろうか?
きっと、ここを読んで「到底、俺には理解できない・・・アイヌには詫びなければ・・」と悦に入っているのでしょうね。


私は、いわゆるアイヌの美化され被害者史観ばかりの利権構図に強い危惧を持っていて
それは、税金に対する精神的思考的依存を改善しない限りは正しい歴史が築かれないばかりか
負の歴史を郷土や国に残すと考えるからです。
アイヌが叫ぶ差別問題とその現実の裏側には大きなギャップがあります。
そのギャップは、メディアが作り上げたものやアイヌ自信が構築してきたものがありますが、
あまりにも大きな虚偽といえるものが存在します。

何だかね!自分の知識を「どうよ!」みたいに出して「論破」したつもりでいられるのかもしれないが、
そういう意味でここに的場さんのコメントを記載したのではないですよ。
貴方の腹は「挑発的な文章の部分が本音でしょう」
その排他的言葉が本音なんでしょうね。
でもね!良いんです。
それは強がりでもなんでもなくて、こうした中で欠点や間違いを書いてもらいより緻密な議論へ
進めると思うからです。
そうじゃないと予定調和でつまらない・・・











アイヌが出現?

>これはアイヌ出現はるか六〇〇年前の記述です。
文書がないだけでしょう?
西暦600年代にアイヌのご先祖が住んでいなかった証拠にはなりませんが?
オホーツク文化人(ニブヒ?系統)との混血を持ち出してアイヌを新参者呼ばわりするのは短絡的です。
 そもそも、アイヌも和人も土人ですしコシャマインの乱の発端を想起すればわかるように、アイヌと和人の違いは生活形態の違いですから。

アイヌだけが私の関心事ではありません

 通りすがり様は私が右翼でありアイヌを仮想敵(反日左翼)とみなして攻撃しているようにおっしゃっていますが、アイヌ問題だけが私の関心事ではありません。
 たとえば長男がまだ幼稚園のころですから25年ほど前でしょうか、子供の歌番組(NHK)で『冬の夜』を放送していました。私も子供のころ『みんなの歌』で聴いていた大好きな歌なので歌詞を全部覚えていましたが、「いろりの端に縄なう父は過ぎし昔の思い出語る。いならぶ子供は眠むさわすれ耳を傾けこぶしをにぎる」というのを聴いて、「おや?」と思いNHKに問い合わせたこともありますし、月刊誌に投稿もしましたが全く反応はありませんでした。そもそも父親の昔話に「眠さわすれてこぶしを握る」はずはなく歌詞としても変です。正しくは「過ぎし戦の手柄を語る」だったのです。今手もとにある『なつかしき歌こころの歌』にある由紀さおり、安田祥子の『冬の夜』もやはり同じ誤りになっています。十年ほど前の月刊誌や産経新聞に島倉千代子の『東京だよおっかさん』や二葉百合子の『岸壁の母』などにもNHKの放送規制がかかっていることが指摘されていましたが、war guilt information やソ連の工作の影響はこんなところまで浸透してしまっているのです。つまり日本が日露戦争に勝ったことは悪いことだったのです。ですから北方領土交渉など解決するはずはありません。
 同じことがアイヌの歴史についてもいえるということです。いくら国民的大歌手の島倉千代子でも『東京だよおっかさん』の二番を歌ったらNHKに出さないと脅されたら飛ばして歌うしかありません。多くの歴史学者もそうです。日本は悪かったと書かないと朝日・毎日・道新には載れないとなると当然自主規制がかかります。それが時には歴史的事実を捻じ曲げたり、アイヌに関していえば当時献身的努力をした喜多章明氏を無視したり、先の二瓶氏の名誉を傷つけたりすることすらしてしまうのです。
 国家を貶める工作はあらゆる方面の「弱者」を利用して行われます。昨年は菅直人によってB型肝炎で苦しむ人々まで利用してなされました。詳しくは『正論』(2012・1)の拙稿を御覧ください。
 コシャマインが出ましたので言及しますが、ことの発端に対する上村英明氏の『新羅之記録』にある「オツカイ」をあえて少年とする歴史捏造は目に余るものがあります。服部四郎『アイヌ語方言辞典』、久保寺逸彦『アイヌの昔話』、北海道大学にある新井白石の『蝦夷史』の図、菅江真澄『かたい袋』、高倉新一郎他『アイヌ民族誌』どれを見ても「オツカイ」は大人の男を意味する言葉です。それが上村氏の著書以降の人々が出す本はことごとく「少年」になっています。それどころか先にあげた副読本まで「少年」になっています。私が上に挙げた文献を読むことは、アイヌ自身は勿論、アイヌ語やアイヌの歴史を語る人にとっては最低限度のもので、何ら政治的偏向は認められない最も基本中の基本文献です(詳細は拙著参考)。
 こうした誤りは上村氏の経歴、学識から言ってありえないと私は思います。しかもそれに続く人たちが、上にあげたような文献を見たことも当たった形跡もないままにオツカイを少年と記載し続けています。副読本関係者のかたもこのブログを御覧になっていることでしょう。ぜひ改めるべきだと思います。また明らかな誤りがいくつかありますので、改訂版の原案ができましたら当方へお送りくださればいつでも資料を添えて意見を申し述べさせていただきます。

右翼とか左翼とかは・・・

誤解なさっているようですが、私は右翼とか左翼とかうんざりしている手合いの一人です。
失礼な表現が多々ありましたが、別に人格攻撃をしたつもりはありません。
むしろ日常生活では良心的だったり善良だったり、学識もあったりする人々が、あの戦争も含めてどうして信念に基づいて社会的国家的には賢明といえない判断をしてしまうのか、大きなテーマとして考えています。
その意味でも的場様のお話は勉強になったしだいです。これは揶揄ととられるかもしれませんが、そうではありません。
ちなみにHNがそもそも高慢だったかもしれませんが深い意味はありませんので。

「ヒロシマ!ナガサキ!アトミックボム!」

 
北海道の新参者のアイヌの末裔の皆さん・和人の末裔の皆さん・内地の皆さん、
当地の春はまだ遠いようですが、如何おすごしでしょうか?

居酒屋ではDNAが騒ぎ、ついつい好戦的になってしまう正当なるオホーツク
文化人の末裔です。

先日、我らが聖地であるススキノにおいて古式豊かな例大祭を行い、ファイタ
ーズ優勝と今年度こそ北海道経済回復を、皆様にかわり祈願いたしました。

週末の我らの聖地ススキノが賑わう様子は、昨今の経済動向を憂う先祖代々
北海道に住む民族には頼もしく、ついつい異形(コスプレ?)のシャーマン巫女
(店の呼び込み?)のお告げに導かれ、霊場(メイド居酒屋?)にて粛々と行いました。

ご先祖様の鯨捕りの記憶が蘇るのか、クーポン券の船盛りの海老の大きさに
狂喜し、祖先の大漁踊りに倣い勇壮なカラオケ絶唱乱舞にて、無事祭事を終
えました。

さて、同じく祀った六代目十勝治三郎君の話しですが、留学当時に米国の
年配の白人女性に話しかけられ、日本人はヒロシマ ナガサキ アトミック
ボムでかわいそうだと同情されたそうです。

原爆で多くの人が亡くなった事へのお悔やみや、米国人である彼女は素直
な加害者意識もあるのでしょうが、当時バブル景気の日本が米国企業や
不動産を買う現状への嫉妬と、白人種の有色人種への優位意識を感じた
そうです。

逆に同時期に会った某半島の人々は彼ら自身への劣等感意識が強かった
のも印象に残ったそうです。

某在日の人権家は、いかにアイヌ差別がひどいかとコメントしますが、特異な
劣等感故に自らの優位性を感じたいのだと思うそうです。

北海道居住者でさえアイヌについてはよく知らず、自称研究者の意見でさえ
怪しげなのに、地元人が見聞きしない事を東京の在日人権家が語るのは
正確ではないでしょう。

先祖にアイヌがいるのをあまり言いたがらない人もおられるので、本人達が
話したがらず、礼節があるなら会話にしないのが良識人でしょう。

自らを優位に思いたい人々の不躾な言動や行為には好戦的に近い感情を
隠し得ません。

好戦的オホーツク文化人の正当な末裔より

言葉の定義

 私は私なりに使用する言葉について定義をしています。例えば右翼、左翼については〝己の利益のために天皇・国家を礼賛するのが右翼、同じく天皇・国家を誹謗するのが左翼〟です。この定義は十年ほど前藤岡信勝氏と空港から市内へのタクシーの中でお話しした時に披露したもので、藤岡氏が聞き入ってメモをとっておられましたのでどこかでお書きになっているかも知れません。当然のことながら左翼の主張は支那や半島勢力の利害と一致しますので、結局反日という部分と多くの部分で重なります。
 ちなみに、
>くだんの正倉院や平取町の青銅器が朝鮮製品であるという事実について、不自然なまでに言及を避けておられて不思議でしたが、きっとこれも「あえて」なのでしょうね。
についてお答えしますと、正倉院御物と同じ組成である平取町の青銅器が半島で製作されたものだとは全く知りませんでした、というよりは注目しておりませんでした。と申しますのも正倉院御物には遠くペルシャの瑠璃製品にはじまって唐やその周辺諸国のものが多く含まれていることは常識ですのでいちいちチェックしていませんでした。「あえて」ではなく〝無知〟のためです。
 また道尾様のご指摘ですが私は言語学的知識がないので判断しかねますが、やはりこの時期(奈良時代)に道内に行政府がおかれていたことに間違いはないということを確信させていただきました。
 もう一つ付け加えますが、私は西行が好きで、山家集の歌のベスト100を選んで詳細に調べたことがあります。その時に知ったことですが、西行は朝廷の命をうけて東大寺修復のための勧進に奥州藤原氏をたずねています。奥州藤原氏はこの勧進にこたえているところをみると、幕府からは独立していましたが、天皇制、これも実は六十年代に流行った左翼言葉なのですが、天皇から自立しようなどとは考えていなかったようです。
 なおこの時代の西行と白河法皇・鳥羽天皇・崇徳天皇の関係については仏教学者の紀野一義先生が詳細な報告をなさっています。西行の頭にまだちょんまげのあったころから北海道に神道も仏教も伝わっていたということは事実です。
 吉野山梢の花を見し日より心は身にも添はずなりにき
 白河の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を
 春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり
これらは、西行と朝廷の深い関係をあらわす歌の中で私が特に好きな歌です。

レッテルは嫌いですが

ピエール・ビダルナケは、ホロコースト否定論者(砂澤様も私も嫌いなレッテル貼りをするようですが)の特徴として、「ディティールに徹底的にこだわる針小棒大」を、対処法として、「相手にしない」ということを言っており、世間ではそれにならう人々が多いようです。それでいいのか私には分かりません。
とにかく私は今回この箴言に背いてしまったわけですが、お相手していただいて実に多くの勉強になりました。
古歌を愛でる風雅な心をお持ちのご様子、揶揄ではなく敬服いたします。
本家desertfoxにあやかって、ここらで機動防御しつつ離脱させていただきます。さようなら。

1万年の伝統をアイヌ民族が伝える?

北海道新聞4/20朝刊31頁『動のアイヌ民族史』は、何が何でもアイヌが北海道の先住民族だと言い張りたい北海道新聞に瀬川拓郎旭川市博物館主幹が苦しいこじつけで迎合しています。アイヌおかかえ学者や道新迎合学者の典型例でしょう。
 瀬川氏は「この熊祭りが縄文時代のイノシシ祭りに由来すると考えている」のだそうです。
 「イノシシし祭りは列島縄文人が共有する儀礼だった。弥生文化を迎え、イノシシ祭りは途絶えた。しかし北海道では、いれかわるように熊祭りが行われるようになったとみられる。」
 先にも述べましたが、国立科学博物館人類研究部長篠田謙一氏の最近の発表によると、北海道の縄文期には見られなかったミトコンドリアDNAのタイプがこれに続く続縄文・擦文期にかけて入りこのタイプは現在のアイヌ系日本人に共通すること、そして縄文期の東北・関東・北海道さらにこれと共通するタイプの現在沖縄人には全く見られないということを報告しています。篠田氏は「沿海州の人々は北海道の縄文人にないタイプを持っていますが、これは縄文時代よりあとの時代に(北海道へ)入ってきたものだろうと想像しています。特にY(現在アイヌ系にあって縄文人や現在和人にない)というタイプが入ってくるのはかなり新しい時代だろうと思います」(『縄文人はどこから来たか?』)としています。
 これによるとアイヌが熊祭りを持ち込んだのは、縄文期のイノシシ祭りが途絶えたはるかに後のことで、瀬川氏が考えるように「1万年の伝統を持つ日本列島の儀式をアイヌ民族が伝えている」ことにはならないのです。
 ミトコンドリアDNAタイプの変遷からも、やはり熊祭りはアムール川下流域(現在でも東シベリアでは行われている)、樺太(北海道アイヌが熊を圧殺するのに対して毒矢で殺す)を経て民族の移動とともに北海道へ形を変えて入って来たと考えるのが普通です。
 つまりアイヌは東北はおろか北海道の先住民族ではないということが、遺伝子と熊祭りによって科学的に証明されたと考えるべきでしょう。

アイヌは

見た目だけでなく貰った物(借りた物)は返さない劣悪な原始人!!私の周りは男女含め3人アイヌ人らしきのがいます。一人は父方の祖父が純正アイヌ。二人はまあ似たようなもん。とにかく借りたらなかなか返さない!!お金も物も一度手に入れたら(借りた場合も含め)本当に返さない!!昔から、そうだ!!祖母がアイヌを信用するなと言ってた意味が痛い程わかる(;_;)今はアイヌというだけで気分が悪くなり吐き気がします。アイヌって汚い!!外も中身も最低な原始猿人。たとえ日本人との間に生まれてもアイヌの血をひいてる時点でDQN。気持ちわる過ぎます(;_;)…何とかして下さい(;_;)

アイヌが死ぬほど嫌いなJKさんへ

随分と大きな怒りと激しい嫌悪感をぶつけていただきましたが…

「一度自分の所に来た物は例え借りたものであっても返さない」というのは
その劣悪アイヌを見てきたあなたはそう思うのかもしれません。
「何とかしてください」「気持ち悪い」という意味は
「アイヌには自浄力がない」と
判断しているのだと解釈してもいいのでしょうか。

という私もアイヌの血を引いていますので
何を言ったとしても DQNだし気持ち悪いのかしら。

見た目も劣悪原始人とは恐れ入りました。
人それぞれ好みがあるので、見た目が嫌いならどうしようもないですけど
それほどまでに本当に嫌な想いをされてきた経緯が余計にあるからなのでしょうね

「何とかしてください」とおっしゃいますが
どうしたらあなたの気は済むのかわかりませんが。

私がここの管理人その2を自らすすんで行なっているのは
それこそあなたがアイヌ全般大嫌いと言ってしまうような状況を作り上げた
利権屋アイヌやだらしないアイヌによって逆差別が生まれる事が一番イヤな事だったからなのです。

No title

アイヌのシャーマンで天気を操ったり予知や人のオーラを読むんですね。

先住民などにシャーマン文化(?)は多いみたいですがアイヌもそのような伝統が

あるのでしょうか?

http://amo2011.jugem.jp/?eid=61

アイヌを下に見る人々

コメントの僅かな書き込みから、「右翼」「左翼」「アカ」「在日」と言い放つのは

2chの様で、とても好ましい事でなく、一人の人間の経験の判断も怪しい物

とお断りした上で書き込みさせて頂きます。

札幌や近郊で生活していますが、まずアイヌの人には会った事が無いと言うか

だれがアイヌかとは気づかないと言うか意識しません。

アイヌを先祖に持つ人々がアイヌ系の観光に係る地域に住んだ事もありますが

殆どアイヌらしい人に会った記憶がありません。

札幌には道内の業者が集まりますが、話題になる事もありません。

九州にいた事がありましたが、北海道に住んでいても大抵の北海道居住者の

アイヌについてのかかわりは九州の人と変わりないです。

それは九州で、アイヌ人のモチーフの「札幌ラーメンのノボリ」を見て、見慣れ

ない物を見たと北海道生まれの自分が思ったと言うと判るかもしれません。

北海道の人間に具体的にアイヌの人の名前を尋ねても答えられる人は殆どい

ないでしょう。

ですから、周囲にアイヌ(多分純粋なアイヌはいないので血筋の人)の人がい

るとかは少ないと思います。

極々まれに、「あの人はアイヌだ」とか「アイヌは生活に問題が」とか話す人

がいましたが、アイヌについては話題にもならず、アイヌとは漠然と昔の話だ

と思っているので、「突然何を言うのだろう?」と言った雰囲気です。

後に、彼らがアイヌの血筋だったと知りました。

ですから、アイヌを下に見る発言者の多くはアイヌの血筋では? と思ってし

まいます。

No title

なるほど・・。まだまだ知らなかった面がたくさんありそうですね。

殊更欧米でやたらアイヌは白人系統だという思いこみが広がっているようで、教科書にも変な文章が載っているのを高校の時のアメリカのテキストで見かけて疑問に思っていました。

そこにはアイヌなど北方民族は白人系で鼻の穴の大きさが世界一小さい、みたいに描かれていました。違いますよねー。

あと、好戦的だったというのは、北海道でアイヌの神話などがやたら戦争をしていた地での悲劇、というものばかりで実際そうだったんでしょうということがとても分かります。

もともといた縄文系の北海道の人が北方の戦闘的な民族に追いやられた後、総称としてアイヌと呼ばれたのでしょうか?
(すみません、あまり詳しくないですが・・)

沖縄は戦いを嫌い、空手を生み出したり刀の代わりに三線を床の間に置くなど平和的だと聞きましたが、その人達がアイヌと同系統ということで同じ仲間と捉えているようですが、私にはかなり異質な民族にも思われることが多いです。

いわゆる縄文系はとても平和的な人達で、北方系は全く違ったということでしょうね。



江戸中期の蝦夷絵

北海道の博物館に展示されていた江戸中期の蝦夷絵に描かれていた、アイヌ
の人々の顔は明確に褐色と白色に塗り分けられていました。

札幌に来たドイツ系カナダ人が白人とのハーフに見える人がいると言い。
海外で白人を見慣れると北海道は白人とのハーフ?と思える人が多く、
実際にアイヌを先祖に持つ人もいました。

ですが、知り合いで先祖にアイヌがいる人にそっくりな人をフィリピンで随分
と見かけました。別のアイヌを先祖に持つ人は出張先のモンゴルに親戚に
良く似た人が多かったそうです。

アイヌを先祖に持つ人同士でアイヌは肌が白く大柄だと話してますが、明
治初期に北海道に来た我が家の昔話では、見た目・着る物・言葉の発音も
内地人とまったく変わらない人がいたと言っており、別の話しでは「十勝アイヌ」
と「石狩アイヌ」がいて身体的特徴はまったく違うと聞いています。

故にアイヌとは様々な人種ではないだろうかと考え、先述の蝦夷絵の様子
では混在して生活していたのではないでしょうか?
(もしくは、一枚の絵に様々な情報を記す為の意図的な構図。)

尚、先住北米人・イヌイット・アリューシャン人(彼らによると島ごとに違う)、
とアイヌを先祖に持つ人々は見た目は違っていました。

蝦夷(えみし、えびす、えぞ)・平安時代のアテルィは東北アイヌ?
なのでしょうか?とすると、当時の内地(本州)の人々は朝廷の勢力範囲外の
東北人・北海道人の総称を簡便的にアイヌ(えみし、えびす、えぞ)と呼称して
いたのではないでしょうか?

話の流れで一部が、以前のコメントと重複してしまいました。

アイヌは先住民です

的場光昭氏の見解に異議あり。

「北方にいたオホーツク文化人もしくはその系統が擦文文化人を駆逐して広がったのがアイヌ」で「アイヌは東北はおろか北海道の先住民族ではないということが、遺伝子と熊祭りによって科学的に証明された」だそうだが、国境が無く辺境の概念しかない時代のオホーツク文化人の流入を議論するのは無意味です。先住民問題とは支配の境界域が定まってから新参者が多数流入して起こる問題です。我々日本人特に和人にとってロシアが手を伸ばす遙か以前の部族民の移動事態枝葉の問題です。次に「北方にいたオホーツク文化人もしくはその系統が擦文文化人を駆逐して広がった」末裔を仮に「オ人」とします。とすると、「オ人」の特徴は熊祭りを行う顔の堀の浅い体毛の薄いとなるはずなのに、「アイヌ」は特徴は熊祭りを行う顔の堀の深い体毛の濃いです。これはどういうこと何でしょう? オホーツク文化人が擦文文化人を駆逐したのではなく、擦文文化人で狩猟経済を主体とした人間がオホーツク文化人女性を系統に取り込んだ者の末裔がアイヌと見るのが妥当ではないのですか? そしてアイヌ化した擦文文化人がオホーツク文化人を北方に追いやった。
 「アイヌは東北はおろか北海道の先住民族ではないということが、遺伝子と熊祭りによって科学的に証明された」と言うのは無意味です。アイヌは縄文人の末裔でオホーツクとの交流のある国際的な日本の先住民族であるとの主張の足がかりに的場光昭氏の見解がアイヌ利権に利用されかねないと思います。
アイヌは縄文人の純血の末裔ではない。それが事実です。「北の縄文その矛盾点」のビデオを見て「交易に過度に依存したアイヌと縄文人を比べることに意義はあるのか?」と思いました。血筋の純血にこだわりよりもアイヌの経済を考察する方が道徳的なんだろうと思います。

大切なのはこの一事

>先住民問題とは支配の境界域が定まってから新参者が多数流入して起こる問題です。我々日本人特に和人にとってロシアが手を伸ばす遙か以前の部族民の移動事態枝葉の問題です。
 工藤様と私の主張の根幹は全く一致しています。私が、アイヌが国会決議、そしてこれが踏まえるとした国連宣言にいう「先住民族」ではないということの本質を工藤様はみごとに言い当てています。「ロシアが手を伸ばす以前の部族民の移動」は枝葉の問題です。枝葉についてはここでは言及しませんが、
 根幹について少し述べさせてください。
 ロシア帝国が極東侵略の野望を露骨にあらわしはじめたのは、わが国の年代からいえば、江戸中期から後期にかけてです。その地名に ― 東を征服せよ ― という意味があるというウラジオストック(浦塩)をロシアがシナ(清国)からゆずらせたのは、日本が攘夷熱にあおられていた安政五年、1858年でした。
 1792年ロシア使節ラックスマンが根室に来航して以来1854年まで日本(江戸幕府)とロシアは交渉を続け、ついに日露和親条約を締結します。つまりこの時に工藤様のいう支配の境界域が定まったのです。
 しかし、シャクシャインの乱(1669)の時点で和人はすでにアイヌの2万人に対して1万人も北海道に居住しており、その後和人との交易が盛んになるにつれて、和人人口は急激に増加し、一方アイヌ人口は激減しています。アイヌ人口の激減の原因は和人との交易で得た富で酋長は多くの若い女を妾として囲い、これを使役して益々富を蓄積してさらに多くの妾を得るという事態が発生したことでした。江戸期の旅行家の記録には十数人から中には四十人も持つ大富豪の記載もあります。幕府は酋長が若い女を独占してしまい、若い男女の結婚の機会を奪うことが人口減少の最大要因と考え、酋長の妾を三人までとする布達を出したほどです。
 「先住民問題とは支配の境界域が定まってから新参者が多数流入して起こる問題です」ので結局江戸末期から明治の初頭の状況は先住民問題とは全く別の、あえて言えば「少数民問題」だったのです。
 このブログでは、このように問題の本質をしっかりと把握され、議論して下さるかたになかなか巡り合えず、ただ、感情的に、あるいはイデオロギー的にアイヌ先住民族説を押し付け、あるいは私を誹謗する言葉を投げつける方が多いのですが、工藤様のような物の分かった方、議論の筋が通った方のご意見は大変参考になりますし、問題の本質を鮮明にしてくださいますので、私としては大歓迎です。
 今後ともよろしくお願いいたします。
 

No title

的場先生へ

昭和30年代にインターンをしたお医者さんの話しによると。

地名は伏せますが、ある太平洋側の二つの地区の病院の結核病棟の

入院患者の90%以上がアイヌの人だったそうです。

その二つの地区は離れています。

生活習慣(食事)や囲炉裏の煙等が原因ではないかとの事ですが、

遺伝的に結核に弱いのでは? ともおっしゃっていました。

以前は結核での死亡率がかなり高かったので、その可能性は

高いと思うのですが?






陳腐な

そんなことより、日本人の排他性とか、ネグロフォビアとか取り組めば良いじゃないか。

No title

おっと、ニグロフォビアの間違いでした。
差別こそ、大和民族の唯一の誇りなり。



追伸、認証用パスワードがひらがな表示という所が超閉鎖性を語ってますね。

純潔過ぎた大和人間様へ

Negrophobiaは、1800年代初頭からアメリカで使われ出した言葉だと記憶します。黒人恐怖症とでもいうのでしょうか。医学的にはPhobiaといえば、発症すると病的に水を恐れる狂犬病をhydrophobia、病的に眩しがるのをphotophobia、高い所を病的に恐れるのをacrophobia、などなど病的なものをいいます。
>そんなことより、日本人の排他性とか、ネグロフォビアとか取り組めば良いじゃないか。
 寡聞にして日本人にnegrophobiaがあるとは知りませんでした。黒人に対する罪悪感、そして過去に罪を犯し、現在も偽善をなしつつあるという劣等感が高じて黒人恐怖症に陥るのは黒人を徹底的に差別し虐待した米国白人の問題でしょう。
 米国にあることは、あるいはあったことは日本にもなくてはならない。日本も米国白人と同じ穴のムジナにしなくてはならない。だから原爆に文句はいうな、広島の碑文に「安らかに眠ってください 過ちは二度と繰り返しませぬから」などと書いて澄まして日本人を見下している「この国の人」的発想ですね。
 だから我々もアイヌにも、白人がしたような黒人に対する罪が当然あるということなのでしょうか。
 黒人に関していえば、アメリカ人は牛馬のように黒人をせり市で売買したんですよ。特に子をたくさん産めそうな黒人女の値段は高かったといいます(ちなみに明治二十三年当時樺太ではアイヌ女奴隷はアイヌとギリヤークの間で犬よりも安く取引されたとチェーホフは書いています)。白人が黒人女を犯すのは自由自在、黒人が白人を犯せば火あぶり、縛り首、八つ裂きの公然リンチが我が国の時代でいえば明治三十年過ぎまで行われていたのです。昭和四十年代まで白人学校と黒人学校があり、電車バスには同乗を禁じ、許しても坐らせず、坐らせても白人が来ると席を立たせた国です。
 彼らの黒人に対する差別意識はれっきとして現存していることは、ついこのあいだも警備員がフードをかぶった黒人少年を射殺してもすぐ釈放です。白人を射殺したらこうはならないでしょう。
 つまり、たとえオバマが大統領になったとしても現在の米国における白人の黒人に対する蔑視その裏返しとしての偽善の結果が、あるとすればの話ですが、negrophobiaなのだと私は考えます。ただ色が黒いだけの問題ではないのです。それは白人が黒人に加えた惨憺たるしかも一切の言い訳を許さない歴史の問題なのです。
 ノーベル経済学賞を受賞したことで有名なミルトン・フリードマンは彼の新自由主義イデオロギー(規制のない経済活動こそが資本主義において最重要とする考え)に基づいて、南北戦争の原因を「優秀な黒人を資本主義の中に組み入れるためだった」などと変な言い訳をして失笑をかっているという始末です。フリードマンの偽善を嗤うタネには上のほかにもこと欠きません。あるいは当のフリードマンもnegrophobiaの一症状としてこのようなことを述べてしまったのかもしれません。
 一言申し添えますが、私は偽善を全否定するものではありません。文明社会の調和にとっては偽善はある程度必要であることは大人であればお分かりいただけると思います。
>おっと、ニグロフォビアの間違いでした。
 我々日本人の発音など、特にカタカナに移した発音など問題にする必要はないでしょう。James Curtis Hepburn、幕末から明治にかけて来日したヘボンさんですが、ヘップバーン式ローマ字とは言わずにヘボン式と言っていることから見れば小さいことです。
>差別こそ、大和民族の唯一の誇りなり。
 融和・同化の歴史です。差別・区別して対立敵対をあおる勢力がありますが、これは本来の日本の歴史ではりません。それは特に明治以降のアイヌ政策を見れば明らかです。
>追伸、認証用パスワードがひらがな表示という所が超閉鎖性を語ってますね。
 このブログで使用される言語は我が国の国語です。なんら閉鎖性を物語るものではないと思います。もちろん、ネグロと二グロにこだわる純潔すぎた大和人間様がそう感じられるのはご自由です。

副読本に戻ります

5/3道新朝刊28頁、アイヌ民族副読本改訂、執筆者が質問状
 そもそも、なんで国土交通省が作って小中学校に配るのか?その経緯(省庁間の利権意識が強い中にあって極めて異例な事態。おそらくは謀政治家の利権?)をはっきりさせて欲しいというのが、多くの国民の要望であり、これを周知させるのがマスコミの使命だと思います。記事で指摘の全文を引用しましょう。

 1850年ころ、北海道のほとんどの場所に、アイヌの人たちが住んでいました。しかし、1869年に日本政府は、この島を「北海道」と呼ぶように決め、アイヌの人たちにことわりなく、一方的に日本の一部にしました。そして、アイヌ民族を日本国民だとしたのです。しかし、日本の国はアイヌ民族を「旧土人」とよび、差別しつづけました。

 執筆者の皆さま、私の回答でよければどうぞ参考にしてください。
>1850年ころ、北海道のほとんどの場所に、アイヌの人たちが住んでいました。
 1850年ころ、北海道のほとんどの場所に、多くの和人も住んでいました。
>1869年に日本政府は、この島を「北海道」と呼ぶように決め、アイヌの人たちにことわりなく、一方的に日本の一部にしました。
 日本政府が北海道と命名したのは、アイヌをこよなく愛し、その行く末を案じていた松浦武四郎の思いを政策に生かそうとし、彼の号である北海道を採用したのです。また松前藩時代からアイヌには役土人制があり、しっかりと藩の行政組織に組み込まれていました。幕府直轄になってからも、そして明治政府になってからもこの制度は形を変えて踏襲され、戦後になってからですら役付きのアイヌ系日本人は他のアイヌと違って、多くの和人以上に非常に裕福でした(詳細は拙著をごらんください)。日本政府は松前藩そして江戸幕府に代わって統治を継続したのですから、ことわる必要などまったくありませんし、不可能なことです。そもそも、戦後マッカーサーがアイヌを日本から独立させようとした時(おそらくハワイ同様にアイヌを利用して混乱を起こし、北海道をアメリカ領もしくは属国にしようとしたと思われます)に、自分たちは日本人だといって断ったのはアイヌの代表だったはずです。
 旧土人および土人については戦後まで差別語でないこと、明治政府の手厚いアイヌ保護についてはこの欄で何度も述べていますので省略します(詳細は拙著参照)。
 以上の観点からこの記載はすべて書き改めるべきだと判断されるのです。

訂正です。

コメント冒頭の
「北海道大学法医学教室に保存されているオホーツク文化人の骨の傷」は、正しくは「北海道大学博物館に保存されているオホーツク文化人の骨の傷」でした。
ただいま、情報提供者から訂正の申し入れがありましたので、お詫びして訂正いたします。

19世紀の役人様の不誠実な返答へ

何というか、昔流行った、ポストモダニズム系の論文を思わせる、やたらと大量の知識で飾られた返答に嫌気を感じました。


桜チャンネルとか言う極右電波と合体するより、東浩紀氏と一緒に著作すると、大変良いことでしょう。

そういえば、カナダにも、貴方様方とよくにた電波学者がいましたね。誰でしたか。北海道に呼ばれたことがあったとか。

類は友を呼ぶとはこのことか。

誠実とは

>19世紀の役人様の不誠実な返答へ
 貴方の気に入る回答だけが誠実だというのでは議論にはなりません。お互いに明確に問題点を指摘しあって具体的内容について議論しましょう。「ニグロフォビア」については言及し、「日本人の排他性」に言及しなかったのは後者の内容が不明確であったためです。貴方が何について排他性を認めておられるか分からなかったためです。明治以降日本を訪れた外国人の手記などを見ても、日本人は非常に外国から学ぶ態度が旺盛で、それは明治大正昭和を通じて継続し、あらゆる文化を吸収し、それどころか戦後になってもアメリカが与えた憲法を受け入れ、今もって後生大事にしていることからも、とても日本人の排他性などということは私には思い浮かびません。
 また「19世紀の役人」について、貴方が19世紀のどういった役人の答弁書を読まれたかは存じませんが、私の数少ない経験では当時の記録などを読むと、現在の役人よりも非常に誠実で、何より自分の言葉で語っている、それから儒教の素養と武士道精神に裏付けられた自らの「あるべくようは」(明恵上人自伝などを参考にしてください)をしっかりと守って誠実なものだと感じ入ることがしばしばあります。
>何というか、昔流行った、ポストモダニズム系の論文を思わせる、やたらと大量の知識で飾られた返答に嫌気を感じました。
 古臭くて申し訳ありませんが、私の学生時代には多くの学生が単位取得と希望する学部移行のためにのみ勉強するという風潮で、学生時代を通じてゆったりと社会や歴史、そして己自身について考察するという余裕はありませんでした。おまけに私は貧乏でしたのでアルバイトばかりしておりましたが、友人に代わって書いたマックスウェーバーに関する論文で、人間がものを考えるということ、歴史を積み重ねるということとはどういうものかを学びました。確かに私の読書歴やそれによって得られた知識は古臭いものかもしれませんが、新しいものが概ね正しくて、古臭いものがすなわち間違いであるということにはならないと思います。そこが自然科学と社会科学の違いだと思います。
 「大量の知識」といっても、人間六十年近くも生きて、日々読書ノートを四十年近くもつけていればこの程度のことは当たり前のことです。貴方もまだお若いと思われますので時間を無駄にされず、そしてこの問題を単なる個人の好嫌の問題にしないためにも、ご自分の経験や読書を日々、記録されることをおすすめします。
>桜チャンネルとか言う極右電波と合体するより、東浩紀氏と一緒に著作すると、大変良いことでしょう。
 私は基本的に独りが好きな人間です。それは組織に組み入れられるとどうしても迎合してしまう、論語でい言えば「同」することになり、自分の真意が伝わりません。よって桜チャンネルとも合体していませんし、第一私のテレビはチューナーをつけた古いタイプで受信できません。存じ上げませんが東浩紀氏とも一緒に何かしようとは思いません。ただ私の主張を桜チャンネルや東氏が利用することは一向にかまいません。
>そういえば、カナダにも、貴方様方とよくにた電波学者がいましたね。誰でしたか。北海道に呼ばれたことがあったとか。
 全く存知ません。それに私は自分を学者だとは任じておりません。私は一国民として、普通に読書し、普通に暮らしている常識人として発言しているだけです(風采がやや型破りだという方もおられますが)。
>類は友を呼ぶとはこのことか。
 繰り返しますが、私は群れるのは性にあいません。いつでも独りです。
 社会的事象は眼前の現象で感情的にならずに、過去・現在・未来という時間的空間的な広い見地で考察し判断することをお勧めします。そして何より大切なのは自分をその現象の利害得失の外に置いて考えることです。そういう見地で見ればこの副読本の問題も冷静に判断できると思います。

六代目十勝治三郎様へ

六代目十勝治三郎様へ
>昭和30年代にインターンをしたお医者さんの話しによると。地名は伏せますが、ある太平洋側の二つの地区の病院の結核病棟の入院患者の90%以上がアイヌの人だったそうです。
 お返事が大変遅れましたことをお詫び申し上げます。
 アイヌの疾病(特に伝染病)については『北海道教育史』その他にも資料が残っていますが、これを広く拙著やブログ上の議論で紹介することは、アイヌ系日本人に対する偏見を生む恐れがあると考え、結核や梅毒・疥癬などはあえて数値を出さないようにしてきました。そのことは、過去にこのブログでも「梅毒をアイヌに蔓延させたのは和人だ」と主張する方に対しても同様に対応してきました。
 『北海道教育史』には「従来旧土人ニハ肺結核、梅毒、トラホームト三大病気トモ云フベキ多数ノ罹病者アリ・・・」(大正四年)の記載もありアイヌ学童の各種疾患の罹患率なども表で紹介されています。
 『アイヌ民族誌(下巻)』(昭和四十四年)にある児玉作左衛門氏の論文の一部を紹介します。
  梅毒 これは非常に多く、また小児の先天梅毒も多かったという。筆者が発掘した江戸時代文化・文政のころ埋葬されたアイヌ骨格に、高率にかつ高度に骨性梅毒が認められたが、かなり古いころから蔓延していたものと思われる。昭和九年の平取アイヌの血清梅毒反応検査では、陽性率三十九・五%を示し、同村和人の十六・九%に比しはなはだしき高率であったことからも証明されている。
  肺結核 これもきわめて多く、呼吸器に罹る半数は肺結核であり、これによっておおむね死亡するといわれ、非常に怖れられたようである。昭和八年の肺結核による死亡率(人口一万人に対する比率)を見るに、アイヌは五十一・五二であり、和人は十四・九九であり、アイヌは和人の約三・五倍である。
  眼病 アイヌには眼病ははなはだ多いが、これはその生活が不潔で不衛生なこと、また一年中燃やす炉の焚火の煙によるものであろう。昭和九年の学術振興会の調査(越智博士)では、平取アイヌに九十七・二%の眼病者あり、トラコーマは眼病の六十七%を占めていた。胆振アイヌに八十八・六%の眼病者あり、トラコーマは眼病の二十三%を占めていた。また十勝アイヌに八十六・〇%の眼病者あり、トラコーマは眼病の十八%を占めていた。・・・なお樺太アイヌでは眼病者は八十五・五%に見られ、トラコーマは眼病の二十八%を占めていた。
 
 こうした状況を放置せずに日本政府は明治以来、酋長の妾の数を制限して若い男女の結婚の機会を増やしたり、学校で入浴習慣・散髪その他の衛生教育をしたり、住宅環境の改善のために資金を提供したりと様々な疾病対策を行ったということです。
 余談ですが、最近支那大陸から留学生とか農村花嫁が来ていますが、支那人のB型肝炎キャリア率は非常に高率ですので蔓延が心配されます。また結核罹患率も非常に高率です。農村だけでも1800万人の患者がいるとされています。数年前来院した空知地方の農村花嫁も結核でした。ひどいのは貧しい農村で娘が結核になると日本へ留学(農村研修と称する花嫁候補)させれば、日本で療養所に入り治ってからさっさと国へ帰るなどということが行われていると寸分しましたし、事実、道北のT町では2組の農村花嫁が、同じ日に家にある現金と預金をすっかり持ち逃げして行方不明になってしまったと、花婿の父親が私に嘆いていました。
 話はあらぬ方向へいってしまいましたが、六代目さんのお話は、現在の中国政府と比べても、日本政府は非常に早い段階から和人・アイヌの差別なく結核療養所で治療していたことを証明する大切な証言です。
 砂沢クラさんのお話によると、昭和の初めころ、熊の皮を奪おうと、アイヌに発砲した和人を、アイヌの届け出を受けて留萌の警察は逮捕しています。その平等性という意味で、先に述べた黒人少年を射殺したガードマンの釈放とは雲泥の違いです。

先生、ありがとう御座いました。


的場先生の詳細なお答えに感謝いたします。

別投稿を拝読していてアイヌの人口減少に関してお話がありましたので、素人の聞き齧り
の話ゆえに専門家である的場先生にお尋ねさせて頂きました。

祖父母やそれ以前、結核は死病でありうつる病だとも知っており、良いテーマとは思わな
かったのですが、明治維新以降を限定すると北海道内で戦争の様なアイヌの人口減少の理由
が見当たらず、疑問ゆえにあまり配慮せずにお尋ねしてしまいました。

こちらは怪しげな助成金やそれを発端に起こるであろう差別を恐れるのを主旨としたHP
なのですが、他にアイヌに関連するHPを知らず己の興味を満たす質問で主催者の方の望む
方向ではない事に反省しています。

元々はアイヌの伝承や故事、漁(猟)方法や寒冷地でのサバイバル術、トバ(干し鮭)等の伝統
の調理法、最近では過去に起きた地震についてのアイヌ伝承にも興味があり、アイヌ神話や
精神世界は独自性があり面白そうですが翻訳の限界か理解が難しいです。

それらの興味の対象の一部でも満たせればと思いこちらを覗かせて頂いているのですが、
六代目の北海道人としてご先祖様から聞いた事もなく、納税者として不正が許せぬ話しもあり
恥文を投稿させて頂いています。

米国の先住民族が北太平洋の荒海を手漕ぎボートと投げ銛で鯨漁をするのを現地放送で見ました。
年に一度だけですが伝統文化を守る為だそうです。

万全の救急体制で行いますが苦労と危険は大きいです。命懸けなのは決して良い事ではありません
が彼らに敬意をはらう人は多いでしょう。

唯一全体のアイヌやその血筋の人々の代表や代弁者といったものはないのでしょうから、誰に意見
すれよいのか検討もつきませんが、子々孫々がカッコ悪くなるのを考える時でしょう。

六代目十勝治三郎 さんへ


> こちらは怪しげな助成金やそれを発端に起こるであろう差別を恐れるのを主旨としたHP
> なのですが、他にアイヌに関連するHPを知らず己の興味を満たす質問で主催者の方の望む
> 方向ではない事に反省しています。

お気になさらないで下さい。
どういったご縁であったとしてもこの場所で疑問が解決されたのであれば
私としても「良かった」と思っております。

純潔過ぎた大和人間 さんへ

> 追伸、認証用パスワードがひらがな表示という所が超閉鎖性を語ってますね。

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プロフィール

砂澤陣

Author:砂澤陣
はじめにをご覧下さい。
現代アイヌの差別撤廃運動とその中身。アイヌを謳うアイヌの実態と行末。 原理原則を欠いた逆差別の実態。本質的意識改革の時代ではないのか?「アイヌを喰いものにするアイヌ達?」に強く問いたい。
アイヌ生活支援政策「修学資金」「住宅購入資金」「住宅改修資金」「職業訓練」を私欲の為に利用し似非アイヌを作り上げ、税金を横領する利権アイヌ屋を許してはならない。その他色々な情報を発信していきます。
Jin Sunazawa

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